
顧客はすぐに買わないし、施策のリーチ率は100%ではない
前項では、売上至上主義に陥ると短期思考になるため、短期と長期をつなぐ時間軸でビジネスを捉えることが必要だと解説しました。
「短期思考になるべきではない、長期思考を持つべきだ」と言うのは簡単ですが、その実行に関して2つの大きな誤解があります。
一つは、「顧客は施策がリーチすればすぐに購入行動を起こしてくれる(=施策の実行と結果に時間差がない)」という、顧客の購入サイクルである時間軸を考慮しないことによる誤解。もう一つは、「マーケティングや営業施策は潜在顧客の100%にリーチする」という、施策のリーチ率に関する誤解です(図5-2)。

購入サイクル8年の自動車で考える、長期的な売上と利益率
これらを理解するために、自動車業界を例に考えてみます。自動車の平均購入サイクルは8年程度と言われていますが、例えば、トヨタの今年1年の売上結果は今年1年のトヨタの努力が反映されたわけではなく、過去7年と今年1年で積み上げた累計的な結果と言えます。
今年の売上となった顧客の購入は、今年のマーケティングや営業努力によって急に顧客が購入した結果ではありません。平均購入サイクルから考えると、今年を含む、過去8年間の中で作ってきた顧客の心理状態、トヨタの車やサービスへの興味、評価、認識の結果として生まれた購入意向が、今年の購入行動に現れたものだと言えます。
逆に考えれば、今年1年のマーケティングや営業の努力は、その8分の1が今年に影響し、残りの8分の7は今後7年に影響します。
市場の潜在顧客が80人いるとして、もし今年トヨタのマーケティング施策によって80人が「買いたい」と思ってくれたとしても、今年買う人は10人、残りの70人は来年以降に持ち越されるのです。しかし、「今年は思うような結果が出なかった」と施策を1年で止めてしまったら、もし70人がトヨタに購入意向を持ち始めていても、獲得することは難しくなる可能性が出てきます。これが一つ目の、顧客の購入サイクルである時間軸を考慮しない誤解です。
潜在顧客100%にリーチすることはあり得ない
2つ目は、マーケティング施策や営業施策を実行した際に、無意識に「潜在顧客100%にリーチしている」ような前提で考えてしまう誤解です。どんなに優れた施策でも、予算的、時間的、距離的、物理的な限界があるので、潜在顧客100%にリーチすることはあり得ません。
仮にトヨタのマーケティング施策がどんなに秀逸でも、その施策が潜在顧客全員に1年程度でリーチすることは実質的に不可能です。例えば、最もリーチが早いテレビCMメディアと店頭やデジタルメディアに100億円以上の大規模投下をしても、1年程度で車を買う可能性のある潜在顧客内での認知度は50%を超えることはありません。
そのリーチが仮に10%として、先ほどの80人の潜在顧客で考えれば、潜在顧客80人のうち8人が施策を認知し、8人全員が「買いたい」と思っても、そのうち今年に影響が出るのは8分の1で「1人」ということになります。
8人にリーチして8人が購入意向を持つことは、実はすばらしい効率なのですが、1人しか獲得できなかった事実だけを見て残りの7人に気づかなければ、施策の成果を正しく評価できずに施策を打ち切って、異なる施策を実施することになります。それが残りの7人に響かなければ、7人は購入意向を失って、再来年以降、購入しなくなるかもしれません。
つまり、顧客動態(カスタマーダイナミクス)の変化を確認せず、目先の変化だけに注目することで短期思考に陥り、あれやこれやと次の施策の立案や実行に忙しく労力と費用を割きながらも、その労力と費用は、実は長期的な売上と利益率を毀損しているかもしれないのです。
長期思考のために見るべき2つの要素
これは、購入サイクルが短いプロダクトでも同じです。購入サイクル3ヵ月の日用消費財で、施策のリーチ率が10%なら、潜在顧客数×10%の認知や購入意向、購入行動が、次の3ヵ月で実現する可能性があると捉えられます。この施策が魅力的で、リーチからの購入意向の高まりが非常に高く、次の3ヵ月の売上につながっても、リーチ率の誤解があれば、その結果を過小評価する可能性が高いです。
次の3ヵ月で見えた結果は、あくまで全体の10%の話です。残りの90%の潜在顧客への注力は継続すべきであっても、「あと9倍の潜在顧客が残っている」と認識していなければ、施策を早期に打ち切ってしまうことはめずらしくありません。
一方で、値引きなどの施策はすべての店舗やECなどの購入場面で一気に実現され、既存顧客の多くにリーチするので、短期での結果が見えやすいです。そのため、「安売り」によって既存顧客にとってのブランド価値を毀損していても、短期の売上増を過大評価してしまうのです。
紹介したこの2つの誤解は、裏を返すと「長期思考のためには2つの要素を見なければいけない」と言えます。それは、顧客の平均購入サイクル(認知と購入行動の時間差)と、施策の潜在顧客へのリーチ率です。この2つを考慮できない場合、短期思考に陥り、実施した施策に対してすぐに成果が上がらないことを過小評価してしまい、忙しく努力しても意識せずに長期の売上と利益率を毀損するのです。これは決して特殊なことではありません。これまでに筆者がご相談いただいた430を超える会社や事業のほとんどで、この2つの誤解は発生していました。
ビジネスの継続性を高める4つの観点
ビジネスの継続性を確保するためには、短期的な数字だけでなく、長期的かつ継続性のある利益性の向上に到達することが理想です。短期の売上や利益が良好に見えても、新規顧客の残存率や既存顧客のロイヤリティや継続性を軽視すると、長期的に2、3、4の状態に陥るリスクがあります。
「目の前の売上を追うだけではなく、その売上が未来の持続可能な利益につながる『良い売上』なのか」を常に意識し、「良い売上」を最大化し、「悪い売上」を最小化する戦略が、ビジネス成功の鍵です。ビジネスの継続性を高めるには、次のような観点が重要です(図5-3)。

以下、それぞれ解説します。
短期から長期への接続を意識する: 短期での良い結果が長期で理想的な顧客動態(カスタマーダイナミクス)につながるよう、新規獲得で優先すべき顧客セグメントの絞り込みや、提案や訴求の見直しで継続購入を強化し、顧客ロイヤリティや既存顧客の継続性を作り続ける
「良い売上」と「悪い売上」を区別する: 良い売上は、リピーターや高利益率のプロダクト(単発購入型のビジネス)から生まれる売上。悪い売上は、単発で利益率が低い、または長期につながらない売上。良い売上を最大化し、悪い売上を最小化し続ける
離反防止への早期対応: 既存顧客が離反する兆候が見られた場合、新規顧客の継続購入への残存率の低下が見られれば、投資を控え、その原因を分析し対策を講じる。数字が悪化する中での売上増への継続投資は、より多くの「悪い売上」につながり、悪化し続ける
投資のバランスを保つ: 新規顧客の獲得やロイヤル化での継続購入の向上や、既存顧客の離反防止への投資は、それぞれ長期での継続的な利益を考慮して行う
次項では、売上にばかり注目してしまう「売上至上主義」の罠を解説します。
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