
CACを一気に上げると、悪い売上を集めてしまう
ここまで解説してきたパレートの法則の構造は、現代のビジネス、特にスタートアップにも当てはまります。よく言われるLTV(顧客生涯価値)とCAC(顧客獲得コスト)のユニットエコノミクスも、この視点なしには見誤る可能性があります。
LTVは過去の既存顧客に支えられた累計値であり、積極投資でCACを上げて新たに獲得した新規顧客が、本当に過去と同じLTVを生む「質の高い顧客」なのかはわかりません。
スタートアップが投資資金を調達し、CACを上げて一気に顧客数を増やすと、前出のKマートのように、ディスカウントに反応しがちな「8割の一過性の顧客」ばかりを集めてしまいます。すると継続購入は低く、売上は伸びても利益が出ない、あるいは売上すら伸び悩む事態を招きかねません。スタートアップにとっては、これは「グロース絶対主義」の罠とも言えます。
スタートアップや新規事業では、当然、はじめはロイヤル顧客は一人もいません。したがって新規顧客を獲得するしかありませんが、仮に10人獲得して一人も継続しなければ、PMF(プロダクトマーケットフィット:顧客が満足するプロダクトを、適切な市場で提供すること)ができていないと見なすしかありませんので、プロダクトの見直しが必要です。
N1分析で継続顧客と離反顧客の違いを探る
ある程度、継続購入が起こって売上が積み上がった場合を考えてみます。
10人獲得し、20人獲得し、30人獲得した中で、すべての顧客が「良い売上」をもたらす顧客とは限りません。この中でも必ず1回購入で離反している方々がいます。そこで、継続購入した人と1回で離反した人は何が違うのか、N1分析で差異を見極めることが重要になります(N1分析については『顧客起点マーケティング』(翔泳社)や『ビジネスの結果が変わるN1分析』(日本実業出版社)に詳しいですが、ペルソナなどではなく実名の顧客お一人ずつに、行動や心理の変化などのお話をうかがっていく分析です)。
スタートアップや新規事業の場合は、売上が伸びる初期段階でのトライ&エラーと、そこからの学習(ラーン)が大事です。
このトライ&エラー&ラーンのPDCAをどれだけ高速で回して、顧客理解を深められるか。そして、長期的に継続購入しLTVに貢献してくれる顧客(WHO)とプロダクト(WHAT)の組み合わせは何か、価値につながっている便益と独自性は何かを見極めることが重要なのです。
トライ&エラー&ラーンの重要性
今は押しも押されもせぬビッグブランドも、歴史を振り返ると、ほぼすべてが初期に大きな失敗を繰り返しています。その過程で、PMFができるWHOとWHATの組み合わせ(WHO&WHAT=顧客戦略)を見つけて、その顧客層に集中投資して巨大なブランドに成長したわけです。初期から、売り出した瞬間に爆発的に売れたプロダクトなど皆無です。
ですから、初期においてトライ&エラー&ラーンを繰り返し、いかにそこから学習するかが大事になります。
やみくもにトライするのではなく、どのような顧客=WHOにどういったWHATを提案すれば継続され、ロイヤル化する可能性が高いのか、そうならないケースと仕分けするのです。筆者は投資家としても数多くのスタートアップを見てきましたが、やはり初期にトライ&エラーから顧客理解を深めていた企業ほど、成功につながっていると感じています。
結局、重要なのは「長期の売上と利益に貢献してくれるロイヤル顧客は誰か」「その顧客が価値を見いだす便益と独自性(サービス・体験)は何か」を見極めることです。そこにリソースを集中させれば、無駄を削り、健全な成長を実現できる確率が高まります。
多くの企業が策定する単年度計画や中期経営計画では、売上目標や施策は語られても、「どの顧客層が、その売上と営業利益を支えるのか」という視点が抜け落ちていることが多いです。市場全体と自社プロダクトの顧客基盤を可視化し、それに基づいた計画と振り返りを行うことこそが、パレートの法則の罠を回避し、持続的な成長を実現するカギになります。
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