
P&G時代に目撃した、世界一の小売業の「良い売上」
ここまで、良い売上と悪い売上について解説してきました。
とはいえ筆者も、P&G時代の初期にはそんな構造には気づいていませんでした。売上や利益を合計値でしか見ず、利益が積み上がらず失敗した経験があります。利益貢献が高くなる顧客と低い顧客を区別できておらず、テレビCMやマスマーケティングで大規模な新規獲得をしていたものの、実は、一過性の顧客ばかり集めていることが見えていませんでした。大量に獲得した新規顧客の大半が1回の購入で離反し、自発的なリピーターになっていなかったのです。
この構造を明確に意識して理解できた背景には、筆者がP&G在籍時、米国を中心に展開しているスーパーマーケット、ウォルマートの本社を訪れて話を聞いた経験があります。
同社は当時から「EDLP(Every Day Low Price)」戦略を実行し、まさしく「良い売上」を積み上げていました。これは筆者のビジネス観を変え、その後の自社事業の立ち上げやコンサルティングにおける大きな学びとなりました。
2003年ごろ、筆者は日本と韓国のP&Gにて、営業本部内に、小売に特化した新しいマーケティング機能を立ち上げるチームを率いていました。そのために最新のベストプラクティス(最も良い事例やノウハウ)を学ぶ目的で、当時の世界トップ10の小売業を訪問して勉強する機会をいただきました。
その一環で、すでに世界一の小売業となっていた米ウォルマート本社も訪問して、ディスカウント競争がとても激しかった1980年代を超えて、どのように世界一になったかの話をうかがったのです。
特売のKマートと、いつも“やや安”のウォルマート
当時のウォルマートの主な競合は、Kマートというスーパーマーケットチェーンでしたが、出店戦略が異なっていました。
今ではウォルマートの有名な施策、EDLP=エブリデーロープライスは文字通り「毎日安い」ことです。新店オープンの際に、多少はオープンキャンペーンのような特売商品を設定していましたが、基本的にはあまり価格を上下させない方針が当時からありました。
ウォルマートは新店だからといって利益を著しく損なうような値引きはせず、あくまで「毎日(安定して)安い」ことにこだわり、「日常的に維持できる低価格(EDLP)」=「経営として許容できる価格」を設定していました。
一方で競合のKマートは、新店オープン時に数多くの破格の安さの目玉商品(値引き)を設けたため、新店オープンから目玉商品を求めて顧客が殺到し、売上は急激に跳ね上がりました。ですが利益率を度外視した値引きをしていたため、急激な売上増加とともに大きな赤字となり、その回収に時間がかかることを免れませんでした。
急激な顧客増加や売上増加は、在庫管理や店舗管理(多くのレジ対応、品出し、品切れ対策やクレーム対策など)に費用が多くかかるので、値引きに加えて追加的に費用が積み上がり、利益を圧迫します。
目玉商品は集客には役立つが、利益を毀損する
ウォルマートはEDLPを基本としていたため、目玉商品を求めての顧客は少なく、新店オープン時にKマートのような爆発的な集客と売上は叶いませんでした。
両店の商品価格を表すと、図10のように、Kマートのほうが安い日も多かったでしょう。しかし「ウォルマートなら、いつも安定してそこそこ安いから安心だし、目玉商品を求めていろんなお店に行ったり何がお得かをいちいち考えなくてもいいから、ウォルマートが簡単、安心、便利」という価値を感じる顧客が増えていく構造ができていったのです。また、急激な顧客数や売上の増減がないので、在庫管理や店舗管理に無駄な費用も発生しにくいことも重要な違いです。

当然、新規出店には大きなコストが伴います。ですので個店の損益でいえば必ずマイナスからのスタートになりますが、ウォルマートはいずれの店舗も、Kマートよりも早く損益がプラスに転じ、多くの顧客が継続的に訪れ、売上も利益も安定する……という小売経営として理想的な好循環に落ち着いていきました。
これらを筆者が理解した範囲で売上と利益に関する模式図にすると、図11のようになります。売上額で見ると初期はKマートが上回りますが、その売上の多くは新店キャンペーンの目玉商品に惹かれて来店した顧客に由来します。
ここでは赤字覚悟の割引をしているため、実は利益を大きく毀損しています。その毀損は、のちに回収しなければいけませんが、特別な割引を魅力に来店した人は価格が高いときは避ける傾向が強いので、顧客の来店頻度にはばらつきがあったはずです。1回きりしか来店しない人も多かったのではないかと推察されます。

したがって初期のKマートは、顧客数が増えて売上が上がるほど赤字になったでしょう。その後、同社が赤字分を回収する期間に、ウォルマートはEDLP戦略の魅力を顧客に浸透させ、リピート客を増やし、早期に利益を生み出していたのです。ウォルマートは、早期に利益回収できるので、それを原資に出店速度を速め、結果としてKマートよりも早く良い立地に出店を加速し続け、圧倒的な覇者になったのです。
平均すると安いKマートが顧客に支持されなかった理由
実は、各商品の実際の売価でいうと、両社の平均売価は実はそこまで変わりませんでした。Kマートは安いときと高いときが極端で、ウォルマートはKマートの安売りよりは少し高い価格をEDLPに設定し、基本的に毎日その価格で販売していました。つまり同じ商品の最安値でいうと、Kマートのほうが安かったのです。
それならば一見、Kマートのほうが人気が出るようにも思えます。しかし顧客心理を考えると、安い日にしか来ないということになり、その日に来られないと顧客は損をした気持ちになるので、次の安い日を待つようになります。結果として、価格の上下は一過性の顧客や安定的に来店しない顧客を集める結果となりました。
ウォルマートは、そうした戦略を取りませんでした。毎日安定した価格を維持することで、顧客に「ウォルマートはいつも安いから安心」と印象付け、日によらず安定的な集客を実現できたのです。
地味といえば地味ですが、これがウォルマートを世界一の小売店にした有名なEDLP戦略であり、小売業界の常識を根本から変えたのです。
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