
ラインナップ拡充も、次第に全体の売上が鈍化
開発者1人(N1)の声が大きな成長につながったケースもあります。筆者がロート製薬時代に担当させていただいたスキンケアブランドで「オバジ」という、いわゆるドクターコスメ(専門家が開発や監修に関わり、効果を認めているコスメ)がありました。
米国のビバリーヒルズを拠点とする皮膚科医のゼイン・オバジ先生のスキンケア理論に基づいたブランドで、ロート製薬が一般向けの商品を共同開発し販売していました。
ロート製薬は「N1分析」を非常に大切にしている会社で、私は2006年から在籍した8年の間にさまざまなブランドを通じて、その重要性を学ばせていただきましたが、「オバジ」もそうしたブランドの1つです。
その「オバジ」から、本格的なスキンケア商品として2001年に誕生したのが美容液の「オバジC」です。「オバジC」は多くのドラッグストアでの推奨販売も獲得することで、肌のトラブルに悩まれている多くのお客様に支持されてヒット商品になりました。美容液としてのラインナップはC5、C10、C20と拡充しつつ売上を順調に伸ばしていました。
順調でしたが、現場の声を大切にしなければいけないとの想いで、「オバジ」の商品企画メンバーと推奨していただいているドラッグストアや営業現場に、どうすれば売上を伸ばせるかと話を聞くと、「美容液だけでなく化粧水などの基礎化粧品が欲しい」「毎日使うには値段が高いので安くして欲しい」といった声が聞こえていました。
後から思えば、こういった声は、どんな商品でも出てくるもので、お客様も店員さんも「聞かれたから答える」程度の返答でしかなく、本当のニーズを洞察する「N1分析」からはほど遠いのですが、当時は、その声を頼りに製品開発チームに頑張っていただいて、新しい化粧水や乳液のラインナップ、さらに値段を抑えたベーシックラインを次々と投入しました。
これらの商品はすでに成功している「オバジC」からの新商品の提案なので話題になり、売上も順調でしたが、1年、2年経つと「オバジ」全体の売上は徐々に鈍化してきました。そのような中、お客様のリピートや離反率をアイテムごとに見ないまま、課題が曖昧なまま、次の新商品の開発・投入を製品開発チームと相談していました。
「1人の開発担当者の声」からの戦略転換が功を奏した
今から思えば非常に恥ずかしい話なのですが、売上の鈍化は、新商品を出すことで解決すると考えていたのです。その際の会話は、今でも忘れません。私から製品開発チームに「『オバジC』のような優れた商品をつくって欲しい」というような浅はかな話をして、当時スキンケアを担当されていた開発部長から強くたしなめられることになりました。
開発部長の指摘は、次のようなものでした。
「お客様のためになるなら何でもつくる」
「しかし、『オバジC』のような優れた商品が簡単につくれるとは考えないで欲しい」
「『オバジC』は、他社には真似できないロート製薬の技術で何年もかかって開発したもので、その想いを軽く見てはいけない」
「そもそも、本当に『オバジC』を喜んでもらえるお客様に『オバジC』は届いているのか?」
「新商品を出したいというので、どんどん開発して出したが、誰が使ってくれているのか? その方たちは、『オバジC』は必要ないのか?」
ぐうの音も出ませんでした。とくに、当時の「オバジ」の認知度は女性のスキンケアのユーザーの中でまだ10%にも満たない事実を知りながら、「オバジC」の潜在的な顧客が、あと何人いるのかも答えられず、「N1」の理解の問題以前の状態でした。ロート製薬は開発力が強いので甘えていたとしか言えません。
そして、開発部長の指摘にあった「そもそも、本当に『オバジC』を喜んでもらえるお客様に『オバジC』は届いているのか?」という問いは、その後の私のビジネスにも大きな影響をいただいた言葉でした。
この開発部長は女性で、ご自身が「オバジC」のロイヤルユーザーでした。自分が納得する商品を何年もかけて開発し、それを使い続けていたのです。これは大きな起点でした。「新商品の提案で売上を上げる」の一本槍な方針から、「『オバジC』をもっと多くの潜在顧客に届けて売上を上げる可能性を探る」「それで満たされないニーズに新商品の提案をする」となったのです。
「オバジC」潜在顧客へのアプローチで成長軌道へ
この一件がある前から、お客様へのインタビューは商品企画チームでも多く行っていましたが、振り返ってみれば「どんな新商品を開発すれば売れるか」という視点でお客様にインタビューをしていたに過ぎなかったのです。
「『オバジC』を届けることで喜んでいただける潜在的顧客は誰か?」という視点で、「オバジC」のユーザー以外のインタビューをはじめると、その可能性は非常に大きいことが見えてきました。
多くのニキビに悩む方、肌荒れの頻度の高い方、肌のくすみが気になる方に、それらを解決できる「オバジC」の認知はなく、たとえ認知されていても「それは皮膚科医の商品でしよ?」くらいの認識で、自分向けと思える便益がまったく伝わっていないことがわかりました。
その後、2年ほどかかりましたが、店頭も広告の訴求もすべて「オバジC」を軸にして、皮膚科医によるプロダクトというイメージではなく、ビタミンCとトラブルのない美しい肌の便益を押し出したことで、「オバジC」のアイテムを軸に力強い成長軌道に戻りました。
ご自身もロイヤルユーザーであった開発部長の厳しい指摘をきっかけとして、「顧客起点」「N1起点」に戻れたと言えます。この出来事は、私のビジネス観を大きく変えてくれました。非常にありがたい機会をいただけたと感謝しています。
また、さらに開発難易度の高い「オバジC25」という商品も2019年に発売され、それ以外のラインアップも伸長し、最新の決算でもその継続的な成長が報告されています。
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