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近年、化粧品・コスメのD2Cブランドにおける成功例として話題の「N organic」(エヌオーガニック)。 高品質なオーガニック成分と独自にブレンドされた100%精油のエッセンシャルオイルが「香る自然派スキンケア」として忙しい女性たちから熱い支持を得ています。 この「N organic」を運営する株式会社シロクは、スマートフォンなどの次世代端末・モバイル・インターネットを利用した各種情報提供サービスの企画や制作、運営を行うスタートアップです。 同社は「Growth Push」などのBtoB向け事業や、「My365」といったBtoC向け事業などさまざまな事業を展開しており、その根底にあるのは「N1=顧客」の声を活かす「顧客起点」の経営です。 成長を続けるスタートアップにおいて、「N1分析」をどのように活かしビジネスの拡大につなげているのかをうかがいました。 インタビューイー/飯塚勇太(いいづか・ゆうた)氏 株式会社シロク代表取締役社長。1990年神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2011年、サイバーエージェントの内定者時代に、友人らと開発・運営した写真を1日1枚投稿し共有するスマートフォンアプリ「My365」を立ち上げ、21歳で株式会社シロク設立と同時に代表取締役社長に就任(現任)。2014年、当時最年少の24歳でサイバーエージェントの執行役員に就任。2020年サイバーエージェント専務執行役員に就任(現任)。そのほか、株式会社シーエー・モバイル、株式会社タップルの取締役を務める。 インタビューイー/向山雄登(むこうやま・ゆうと)氏 株式会社シロク専務取締役。1987年京都府生まれ。神戸大学経営学部卒業。学生時代に飯塚氏とともに「My365」を立ち上げ、株式会社シロク取締役に就任。さまざまな新規事業を立ち上げ、2017年からは「N organic」のマーケティング責任者を務める。 |
コスメの「常識」に染まらなかったからこそできた高品質なオーガニック
西口 スキンケアのコスメ分野というのは多数のブランドがあり、競合も多いだけに、実際に黒字を達成しているブランドはそう多くありません。
赤字運営されているところも少なくない中で、オーガニックコスメブランドとして高い支持を受けている「N organic」は売上を公表されていないものの、その難関をすでにクリアされ、D2C市場で成功を収めていることで知られています。
まずは、ブランドを立ち上げられた向山さんに、立ち上げ当時の経緯からお話をうかがいたいと思います。
向山 「N organic」は、2017年5月に「自然の力で素肌と心を美しく導く」というコンセプトで立ち上げた自然派スキンケアブランドで、6年間で会員数は300万人を超えております。
ブランドのスタート時はスキンケア商品だけでしたが、今ではヘアケア商品やハンドソープ、入浴剤などのライフスタイル商品も提供しています。
弊社はもともとモバイルやインターネットを利用したさまざまなサービスを提供する企業で、この「N organic」のときも、ECサイトで新しいブランドを立ち上げようと多様なカテゴリーを検討していました。
そんなとき、当時ブランドマネジャーを務めていた女性が「オーガニックコスメのブランドをつくりたい」という強い意欲を持っていたんですね。 また、当時はインターネット上で確立した世界観を打ち出しているスキンケアブランドが少なかったことも後押しになりました。
オーガニックは世の中的にはトレンドになりつつあったものの、当時のWEB市場ではどちらかと言えば肌に良いなどの便益や成分を前面に出しているコスメブランドが多かったので、オーガニックのスキンケアブランドを打ち出すことで、もしかしたら新しい可能性があるのではないかと考えたのです。
初期の頃は、ベーシックケアラインとして、ローション(化粧水)とセラム(美容乳液)のセットで販売していました。
広告で集客するかたちではじめたのですが、やはり最初はネットで1日に数件、せいぜい十数件しか購入がないという時期が1~2カ月ほどありましたね。私たちにもコスメ業界の知見がなかったため、当時は暗闇の中を手探りで進んでいるという感じでした。

向山 そのような中、販売をスタートして2、3カ月経った頃に、1つの転機がありました。
商品を購入してくださったお客様に、しばらく使用された後にお話をうかがい、その際、「香りが良い」とおっしゃる方が多かったのです。
香りは柑橘系を中心とした精油のブレンドによるもので、植物由来の成分にこだわってはいましたが、そもそもスキンケア商品というのは肌に対する成分がメインだと考えていたので、私たちも香り自体はあまり押し出していませんでした。
たとえば、LP(ランディングページ)でも特徴の3つ目に入れる程度の要素だったのですが、購入してくださった方が継続している理由に「香りの良さ」をあげてくださることが多いのです。
また、当時は私もスキンケアには詳しくありませんでしたが、毎日鼻の周りにも付けますので、たしかに香りが良いほうがリラックスできるなというのは、自分自身の体感としても強く感じていました。
それなら、プロダクトのコミュニケーションを「香り」中心にしてみようということになり、「精油の香りが良いスキンケア」というクリエイティブに変えたところ、販売数が大きく跳ねたんです。
西口 なるほど。 私もこれまでコスメ業界やスキンケアはいくつも経験してきましたが、たしかに、スキンケアに柑橘系の香りを入れる発想というのは一般的ではないので、選択肢として思い浮かばないですね。
向山 そうですね。 私たちもスキンケア製品や精油の香りを何百本も嗅いで試してみましたが、柑橘系のものはほとんどありませんでした。
当初、香りに関してはサブ的に考えていたので、「柑橘系の香りがしたら、なんか気持ちが良さそうだね」くらいのノリで、当時あまりスキンケアにはなかった柑橘系をチョイスしてみたという感じでした。単純に、ブランドマネジャーの女性と私の好みで決めたわけです。
ただ、実際に製品をお客様に使っていただいたら、その香りが継続のための一番のベネフィットになっていたんですね。たまたま合成香料をいっさい使わず、100%天然の精油で香りをつくっていたこともありましたので、それなら、そこをメインに訴求してみようと考えました。
西口 常識で考えてしまうと、オーガニックの精油の難しいところは、エグみが出ることがあって、精製した合成香料で香り付けしたほうが簡単かもしれないとの結論になりますね。
向山 製品をつくっているOEMのメーカーさんも、たしかに、最初はびっくりされましたね。100%天然の精油だと原価も高くなりますし、本当にそれでいくのかという反応もありました。
でも私たちとしては、オーガニックと言うからには100%天然の精油がいいと判断し、それでつくっていただきました。
そもそも当時は、原価についても何が安くて何が高いのかもよくわかっておらず、まずは自分たちのつくりたいものをつくるということでやってきました。わからなさ過ぎたので、最初は1000ロットだけつくって、はじめたというのが正直なところです。
西口 他社で柑橘系の香りを使った製品はあまりなかったけれども、おふたりが好きだからそれを選ばれたと。すごい勇気ですが、これは重要な話で、それが独自性となったわけですね。
おそらく「スキンケアに柑橘系はあまり使わない」とか「合成香料のほうが安くて使いやすい」といったコスメ業界の「常識」を持たれなかったのが、むしろ強みになったのでしょうね。勘違いとも言える思い込みで突っ走って、常識を無視していいものをつくるというのはスタートアップらしさを感じます。 もちろん、いい意味で、ですよ(笑)。
「N organic」のことは、当然コスメ業界の人はみな知っていますし、どんな商品開発をしてきたか気にしている企業も多いと思いますが、これは大手には到底できない商品開発ですよね。
向山 いや、本当にコスメ業界のことがわからなさ過ぎて、単に自分たちがつくりたいものをつくってきたという感じで、当時は本当にノーロジックでしたね(笑)。
「香りで癒やされる」というインサイトの発見
向山 そんなふうに発売から3カ月くらいで多数のお客様から「香りが良い」という声をいただいたので、その便益を押していったのですが、その後にもう一度転機がありまして。
チームにいたあるメンバーが出産して、産休後に仕事に復帰していたのですが、本当に忙しかったそうなんです。毎日バタバタしていて、子どもたちが寝るまで目が回るほど忙しく、子どもたちが寝た後もやることが多くて、ゆっくりする暇もまったくないと。
でも、そのメンバーがこう言っていたんです。「ただ、スキンケアの瞬間だけは癒やされる。 この『N organic』の香りだったら」。
それを聞いたとき、このメッセージをお客様に伝えたら、とくに日々の仕事や子育てで忙しい女性には刺さるかもしれないと考えたのです。
当時の私は「インサイト」というワードも知らなかったのですが、後から振り返ると、忙しい女性がスキンケアを通してちょっとした癒やしが得られるというのが、「N organic」のインサイトなんじゃないかと思ったんですね。
そこで、広告で訴求するクリエイティブを「精油の香りが良いスキンケア」から、「精油の香りで忙しい日々が癒やされるスキンケア」へ変えたところ、また売上が大きく伸びました。
さらに、ここから広告にインフルエンサーさんやモデルさんを立てるようになりました。とくにお子さんのいらっしゃるインフルエンサーさんや、実際にインサイトを求めて「N organic」を愛用してくださる方にアサインさせていただいて、WEBで商品のことを語っていただいたら、すごく売上が伸びていったという流れがありました。

西口 スキンケア商品というのは一般的なやり方でいくと、保湿力や浸透力などを競う方向に向かいがちですよね。いわゆる大手企業の保湿分野で勝負にいって、ダメになってしまうパターンも多いのですが、「N organic」はあえてそこをど真ん中に据えずに、「香り」や「癒やし」のほうに持っていかれたということですね。
向山 やっぱりお客様が癒やしの瞬間について、うれしそうに語られているのが印象的だったんですね。 「この商品でこう癒やされた」ということを、すごい熱量で語ってくださる方が何人もいらっしゃって。「もちろん、保湿もいいんだけどね」ともおっしゃるのですが、とにかく癒やされることを強調される方が多かったんです。
それを聞いていたら、「これは間違いない、これこそ自分たちが推すべきところなんだ」と思いましたね。
そこで、その次はWEBだけではなく、CMでも表現してみようと、徐々に違うHOWに変わっていきました。
不完全でもいいから、早くアップデートする
西口 まさに「N1分析」ですね。 そもそも御社がなぜそういうことを意識されるようになったのか、非常に興味があります。
というのも、個別のお客様のお話からそうやって広げていくやり方というのは、一般的ではないですよね。 ニーズの大きなところを狙っていく会社さんのほうが圧倒的に多い。ただ、それだと結果的にうまくいかないことも多いのです。ニーズの大きなところには、もう競合がいっぱいひしめき合っていますから。
だからこそ、私は「N1分析」がすごく大切だと考えているのですが、これまでお話をうかがっていると、御社はそういうことを普通にやられているわけですよね。 いつから個々のお客様のことを意識されるようになったのですか?
向山 インターネットサービスやアプリをつくるときもそうなんですけれど、弊社には「不完全でもいいからサービスを早く出して、お客様の声を聞きながらアップデートしていこう」という文化があるんです。 小さくつくって早く反映するということです。 その結果、プロダクトそのものをすぐに改善するのは難しいとしても、お客様に対するコミュニケーションを改善することはできますから。
また、「N organic」は「定期便」というサブスクリプション型なので、普段からお客様とコミュニケーションをとっていないと続けていただけません。ですから、最初からお客様の声は大事にしていましたね。
それに西口さんの本もよく読んでいまして、周りのメンバーにも普及させていたので、そこから大いに参考にさせていただきました。
西口 ありがとうございます。 非常に光栄です。でも向山さんや飯塚さんのほうが、はるか先を行っているんじゃないかと思います。
ところで、お客様とコミュニケーションをとって直接お話を聞くのは、どのくらいの頻度でやられているんですか?
向山 やっている回数はとても多いですね。コロナ禍からはZoomでのインタビューも当たり前になりましたので、今だと1日に1人は誰かしらN1インタビューをしていますし、1日に2人インタビューすることもありますね。私自身がインタビュアーになることもよくあります。
ロイヤルのお客様に対してはもちろん、まだ弊社の商品を使ったことのない未認知・未利用の方にもお声がけして、インタビューさせていただいています。
西口 ということは、部内で毎日いろいろな発見があるということですね。お客様がこんなことを言っていたから、次はこうしたらどうだろうとか、これはダメだったとか、そこで学ばれたことをベースに次の行動を決めて高速でPDCAを回されていると思います。向山さんと社長の飯塚さんの間では、それをどのように共有されているのですか?
向山 シロクはすべてをオープンにするというスタイルなので、N1インタビューで聞いて、次はこういう施策をしようと考えたら、Slackに書き込みます。社長である飯塚もそれを見ていて、よほどのことがない限り、止めることはないですね。
その結果、お客様に良い反応をいただくクリエイティブができたというトピックも順次あげていくので、それを見て飯塚がキャッチアップするという流れです。
PDCAという意味で言えば、商品自体に関しては、事前にコンセプトシートをつくって、それを確認しながらインタビューを進めています。
西口さんがよく指摘されているように、お客様も毎日変化しているんですよね。とくにここ数年はコロナもありましたし、スマホやSNSやインターネットサービスもどんどん進化しているので、お客様のインサイトも劇的に変わっていると感じています。ですから、常に早くキャッチアップしてついていかなければと思っています。
インタビューで押さえるポイントは、ロイヤル化する「強い瞬間」
西口 これは参考になる会社も多いと思いますし、とくにスタートアップは参考になるだろうなと思いますね。
そもそも、最初から「N1分析」をやってドンピシャで当たったというケースはまずなくて、だいたいズレているんですよね。でも、そこでそのズレを次にどう反映できるかによって大きな違いが出てくるのですが、それを反映できていない会社も多いです。製品を出しました、目論見通りにいきませんでした、ダメでした……で終わってしまう。
いや、そこで諦めずに、買ってくださったお客様を解像度高く追いかければいいのですが。ダメだったと言っても、買ってくれた方は1人はいるはずです。 その人はどんな人ですか、と。それが想定外な人だったとしても、その想定外な人が未来のお客様なのかもしれませんよ、という話は常にしているんですけど、そこで諦めてしまう会社が多いんですよね。
でも、シロクのように、顧客の声を聞いてアップデートしていける会社は永遠に負けないと思います。 何かあったとしても、自分たちでピボットしていけますから。
向山 いや、想定外と言えば、当初は私たちのWHOの設定もすごく粗かったんですよ。ブランドのスタートの際には、一応ペルソナ的なものをつくって、30代の働く女性をイメージしていたんですね。
しかし、最初にネットで買ってくださったお客様がそのペルソナとは全然違って、40代の女性だったんです。想定していたお客様とは違うし、これは全然わからないなと感じて、すぐそのお客様のところへお話を聞きに行きました。結果的に、最初のペルソナとは違うということがわかって、そのペルソナは瞬間的になくなりました。
西口 それ、「マーケティングあるある」ですね。そのほかに、実際に「N1分析」をされていて重要だと思われるポイントはありましたか?
向山 じつは、西口さんの本を読んで一番衝撃的だったのは、「次回購入意向(NPI)」という指標を知ったことでした。 一般的にブランディングの指標として知られる「NPS(ネット・プロモーター・スコア/顧客ロイヤルティを数値化する指標)」に、私はしっくりきていなかったんですね。それよりも、「次も同じブランドを買いたいか」を尋ねた結果というのは、非常にわかりやすいですよね。たくさんの商品がある中で次も購入する、と答えてくださるということは有効な先行指標になります。
それで、西口さんが提示されていた図(以下)を参考にして、インタビューの方法も大きく変えました。お客様がロイヤル顧客になってくださった「強い瞬間」を見つけるようになったのです。

向山 それまでは、カスタマージャーニーをなぞるようになんとなく聞いていたのですが、途中からは、ロイヤル顧客の購入意向が上がる強い瞬間や、一般顧客がロイヤル顧客になる強い瞬間というのを意識して、解像度高く聞くようになりました。
やはり、お客様が商品を買ってくださって、さらに次も買おうと思ってくださった瞬間というのは、インタビューでしっかり引き出さないといけないと思うようになりましたね。
西口 お客様の意思や行動が変わったポイントを、4W1H(いつ・どこで・誰が・何を・どうやって)の質問で深掘りしていって、インサイトを探るということですね。
向山 はい。 以前は流れるようにわーっと聞いていたんですけれど、今は変化の強い瞬間について、かなり細かく聞くようにしています。
たとえば、化粧品を買いたくなった瞬間にについて聞くと、「インフルエンサーの〇〇さんの投稿を見たから」ということを言われる方が多いのですが、それだけで終わらずに、その〇〇さんが、いつ、どんなことを言ったのかまで細かく聞いています。

また、だいたい1人の方の言動で購入の意向が決まることは少なくて、Aさんが言って、Bさんが言って、最後にCさんが言ったから購入した、ということも多いんですよね。
その流れを、4W1Hで「いつ、どこで、誰が、何を、どうやって」と本当に細かく聞いていって、さらにそのときにどう思ったのかということも聞きますし、具体的にどんなワードが印象に残っているかなども聞いたりしています。
やはり大事なことは、次回の購入の意向につながる瞬間や、ロイヤル顧客化する強い瞬間を見つけるところかなと思っています。
何より、こうしてお客様を深掘りしていくインタビューって、めちゃくちゃ面白いんですよね。
また、スキンケアはとくにそうだと思うのですが、企業よりお客様のほうが詳しいということもよくあります。日頃から口コミやSNSを見て研究されている方も多いですし、私たちよりお客様のほうが詳しいことってたくさんあるんですよね。
ですから、インタビューをしている最中にお客様から教えていただくケースもよくあるのですが、そもそも「自分たちよりも、お客様のほうが詳しいからおうかがいする」という想いを持ってインタビューに臨むことも大事だと思っています。
西口 本当にその通りだと思います。 根っこの部分でお客様に対するリスペクトが低い会社というのは、じつは多いんですよ。自分たちのほうがプロだと思い込んでいて、無意識にお客様を下のポジションに置いている会社は、そもそもお客様に対する興味も薄くなります。
一方で、お客様は言葉にこそできていないかもしれないけれども、お客様のほうがよく知っていて、お客様こそリアリティだと意識している会社もあって、そういう会社は、お客様への理解がブレると自分たちはダメになる、ということもしっかりわかっています。
たとえば、シロクのように「お客様」という呼び方をするのか、もしくは「客」という呼び方をするのか、あるいは「消費者」という呼び方をするのか、「ユーザー」と言うのか、この呼び方1つとっても大きな差があったりします。
私もいろいろな会社のお話をうかがう機会が多いのですが、最初から「うちの客はね」と言っているところは、「うわ、なんか困ったサインが出ているな」と警戒しますよ(笑)。
「お客様」と呼んでいない場合には、だいたいそういう「自分たちのほうが上」という意識が働いていることが多いんです。
それにしても、こんなふうに最初からしっかりお客様と向き合えている会社は少ないので、シロクは率直にすごい会社だなと思います。
大きなマーケットで、ニッチな提案からはじめる
西口 ここからは、シロクの社長の飯塚さんにもお話をうかがいたいと思います。 さきほど「N1分析」の結果がSlackに反映されるというお話がありましたが、飯塚さんは、「N organic」の事業以外にも、社員からの報告を全部見ているんですか?
飯塚 全部見ていますね。 それに対してコメントをするときも、しないときもあります。私は普段から打ち合わせを極力減らしていて、基本的にすべてテキストベースで見ているので、みなの報告を見て、必要に応じて首を突っ込んでいくというスタイルです。 直営店の日報も全部そのようにして見ています。
西口 それはまさにずっと結果を出し続ける大経営者のパターンと同じですね。うまくいっている企業の経営者の方って、現場や顧客の情報を継続的に吸い上げているんですよ。
社長が社員のやっていることを全部知っていて細かく見ている状態というのは、社員からすればマイクロマネジメント的で鬱陶しいと感じるかもしれませんが、社員への説明作業や承認プロセスが少なくて済みますから、結果的にはそのほうがいいはずですよ。むしろ、普段は社長が社員のことを見ていないのに、ときどき、「頑張ってるか。 最近どうだ」みたいに入ってくるほうが、やりにくいですよね。何も知らない社長に、どこから話していいかもわからない。
では、飯塚さんは社員からの報告を見て反対や懸念を伝えることはあまりないんですか?
飯塚 インターネットもWEBも小さく試せるので、試してみて効果が出たら、それを継続して、さらに規模を大きくしていけますし、たとえば広告への反応が良くなかったら、また検討し直して次の手を打つこともできます。社員がみなそのようなかたちで回しているので、あまり反対することはないですね。
「N organic」をはじめるときも、単品通販のようなモデルをやりたいと突然言い出したのは私なのですが、それ以降は、基本的にスタッフのクリエイターとしての気持ちを優先するようにしているので、そのままやってもらおうと思っていました。
当たるかどうかはまったくわからなかったのですが、とにかく「いつも熱心な素人集団でいよう」というコンセプトでやっていますね。
西口 「熱心な素人集団」は面白いコンセプトですね。ということは、過去の事例があるのかとか、売れる見込みがあるのかとか、そういう話はあまりされないということですか?
飯塚 することもありますけれど、かなりしないほうの社長だと思います。
「N organic」をはじめるときも、あまり細かい話はせずに、大きな目標をめがけて小さく収まらない商品をつくっていこうという話はしていましたね。
少なくとも年商1000億円程度の規模感で挑戦できる市場に参入したいと考えていた中で見つけた化粧品事業だったので、小さくまとまらないで展開していこうと話していました。単にインターネットサービスを拡張していくだけの事業ではなく、もっと大きなスケールの事業を手掛けるためにこの業界に参入したので、そういう意味でも小さくまとまらないでやっていこうと言っていたわけです。
西口 年商1000億円というと、じつは「SK-II」が何年もかかって到達したレベルなんです。普通はそういう大きなブランドを、まず真似しようとしますよね。化粧水のブランドはたくさんありますが、その中で1000億円いっているのはどんなブランドかとベンチマーキングしていって、そこに合わせていく。
それで何が起こるかというと、フォロワー戦略をとって、トップ企業に追随します。その結果、独自化とは言えない微妙な比較級での「差別化の沼」にハマるんです。
でも、シロクは小さくまとまらずに、もっと大きくしていきたいと考えていたわけですね。それで化粧水と乳液という大きなマーケットを選んだけれども、攻め方としては非常にニッチなところからはじめられた。
これは結果論で言うと、成功パターンなんですよね。私もいろいろな会社を見てきましたが、汎用性のある大きなマーケットで、最初は独自なエッジを立ててニッチな独自の便益の提案からはじめるというのは、勝ちパターンにつながることが多いです。
飯塚 もともとわれわれの起点というのは、「My365」という写真共有アプリなんですね。これは向山とも一緒にやってつくったプロダクトで、カレンダー形式のインターフェースに、1日1枚しかアップロードできないというものです。すごくエッジが効いていて、結果的には非常に多くの方に使っていただけたという体感がありました。
ですから、やはり自分たちがつくりたいものをつくることが重要だと考えているんですね。

飯塚 会社のフィロソフィーとしても、今は存在していないけれども、自分たちが本当に欲しいと思うものをつくろうと決めています。そのカテゴリー自体が大きければ、まあなんとかなるだろうとポジティブに考えているところがありますね。
西口 そうした成功体験を飯塚さんと一緒に向山さんも持たれていたのですね。その体験の価値は非常に大きいと思いますね。
通常、年商1000億円規模の事業を狙おうと思ったら、トップ企業をベンチマークして、その焼き直しをするとか、あるいはそれより突出するものをつくろうとか、それよりお手軽にできるものにしようとか、とにかく彼らのつくり上げた便益のエリアで勝負をかけることが多いけれども、飯塚さんや向山さんたちは過去にエッジの立ったもので勝負したら事業が大きくなったという体験をお持ちだったからこそ、今も独自の便益で挑戦できているんですね。
「顧客の声を聞き続けること」は経営指標の1つ
西口 ところで、会社としては「N1分析」をどのように考えていらっしゃいますか?
向山 ブランド事業というのはお客様が中心になりますし、そのお客様に買っていただけるプロダクトを届けていくためには、やはり「N1分析」が根幹になると思っています。
とくにプロダクトやブランドにおいて新しいWHOとWHATの組み合わせを見つけていくというのは、事業を成長させていくうえでは欠かせないところですね。 会社のカルチャー的にはWHOがわかっていなくて、HOWだけという人はけっこうボコボコに言われますね。
西口 すごく納得します。 飯塚さんはいかがですか?
飯塚 私は経営者としてユニクロの柳井正さんが大好きなのですが、柳井さんはドラッカーがお好きだと言いますよね。そのドラッカーの有名な言葉に「顧客の創造」というものがあり、顧客を創造するためには、やはり「N1分析」は必然だと考えています。
結局、われわれは自分たちが欲しいと思い、なおかつお客様も欲しいと思ってもらえるものを魂込めてつくるというのを十数年間やってきている会社なんですよね。
その重なり合いを見つけるためにもお客様の声を聞くことは重要ですし、単に重なり合っているものを探すだけではなくて、自分たちがつくりたいものとお客様のニーズをマリアージュさせていくという発想も大切にしたいと思っています。
自分たちの原点回帰のためにも、「N1分析」というのはリーダー層も含めてずっとやり続けるものだと考えていますね。
西口 まさにです。 しかし、御社で当たり前のようにやられている、お客様の声から帰納的に物事を考えるということをやられていない会社も非常に多いですよね。
向山 たしかに「N1インタビュー」をやるときには、準備も大変だと思うかもしれませんが、じつは私たちはそれ以外にもう1つやっていることがありまして。まず、お客様からレビューをいただくんですね。それも、アットコスメさんのような総合サイトのクチコミではなくて、「N organic」だけにクローズドでいただくレビューです。
それを見ていると、商品の何が良いと思い買っていただいたり、使っていただけているとか、こういうインサイトもあるのかということがたくさん見つけられるんです。
ですから、「N1インタビュー」の前に、自社商品のクチコミを見られるようにするというのも1つの方法だと思います。そのクチコミの中で気になる発言や深掘りしたい声があったら、インタビューにつなげることもできますよね。
西口 たしかにフィードバックをまとめるシステムは多くの企業が持っていますが、普段からフィードバックを見ているマーケティングのトップや事業責任者、経営者にはあまりお会いしたことがないですね。トラブルや炎上があったときだけ見るという感じで、常に顧客のいいコメントも悪いコメントも見ているという方は少ないですね。
飯塚 これは、やはり中長期での発展をどのくらい考えているかという話につながると思います。 業績をつくろうとしたら必然的に会社の売上や営業利益を気にするように、中長期でビジネスや会社を発展させようと考えたら、「顧客の声を聞き続けること」は経営指標の1つととらえるようになるのではないでしょうか。逆に、そう思わない会社さんがどういう力学で動いていらっしゃるのかというのは、正直わからないなと思ってしまいますね。
西口 お話をうかがって、経営の枠組み全体で「顧客起点」をとらえているのがシロクの強みだということがよくわかりました。
実際、担当者だけ頑張っていてもなかなか進まないというのが、現実問題としては非常に多いです。 現場の担当者は顧客のほうを向いているのに、経営者が向こう側を向いてしまっているということもよくあります。
ただ難しいと思うのは、やはり中長期で考えたときに「顧客の声を聞き続けること」ができるかどうかで、創業時はそうした考えを持っていらっしゃった経営者でも、会社が成長していって、ある段階になると、その考えから離れてしまう方も多いんです。
対前年比20%クリアしなければとか、今月落とすわけにいかないから売上を積もうとか、トップが財務指標や結果指標を目標にしはじめると、会社全体が顧客から離れていって、HOWに入っていきます。
これまでたくさんの会社や経営者を見てきて、短期と中長期のバランスのとり方の難しさを感じていますが、飯塚さんはこの点についてどう思われますか?
飯塚 わかります。 私も「中長期の発展」という言葉を社員に向けてよく使っていますが、今年とか今月というよりは、10年とか20年とか30年残るブランドにしたいとか、商品にしていきたいという話をよくしています。
「もっと、つくる。ずっと、のこる。」というのがわれわれシロクのビジョンであり、長く残るブランドやプロダクトをたくさん生み出せる会社を目指しているのです。
では、ずっと残るためにはどうしたらいいのかという話もよくしているのですが、必然的に数字というよりは、どうしたらお客様に愛され続けるのか、そして、まだ利用されていないお客様にどうしたら関心を持ってもらえるのかということを考えるようになります。
私も業績目標はつくりますけれども、それに強く左右されるようなマネジメントはしていないほうだと思います。 社員にもビジョンは浸透していますので、たぶん「もっと、つくる。ずっと、のこる。」からは、それほどブレずにやれているのではないかと思っています。
いろいろ悩みながら、という感じではありますが、中長期の発展という前提はクリアできているのではないかと思いますね。
西口 ずっと残るために、顧客の継続性に軸を置かれているということですね。 「ずっと、のこる。」というコピーも、いいですね。
向山 インターネットのサービスは、どうしてもすぐになくなってしまうことが多いですよね。 化粧品事業をはじめたのは、じつはそれが大きなストレスだったからです。
だからこそ、やはり本当にいいブランドや商品をつくって、それをずっと残していきたいし、自分たちが本当に好きで生み出したものをじっくり育てていきたいですね。 これからも世の中に残るものをつくっていくという試みを続けていきたいと思っています。
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