
商品名などの変更時には投資対効果を見積もる
注意点としては、このブランディングの3つのステップに用いた計画があったとしても、必要となる投資費用の算段がなく、投資対効果を見積もっていないケースが多くなることです。
例えば、商品名を変える場合、購入につながる便益と独自性、それらが連想されるネーミングの認知度を得る必要があります。潜在顧客5000万人と仮定してそのうち20%、つまり1000万人に事業上意味のあるブランド認知を獲得するためにテレビCMを使ったとすれば、その広告クリエイティブやプランがどれだけ優れていても、2024年の現代では10億円以上の投資が必要になるでしょう。
また、どれだけ急いで10億円を広告に投資したとしても、1000万人に浸透させるには、おそらく1年以上はかかります。テレビCMは出稿料が高額なため、ブランド認知を安価に行おうとデジタルメディアを活用したとしても、おそらく特定の顧客層に対して20%の意味ある認知度を獲得するには、同等の年月と費用が必要になる可能性が高いでしょう。
ブランディングの対象がサンプリング(試供品の無料配布など)や店舗などでの体験が可能なプロダクト(商品・サービス)だとして、同様に対象者の20%に体験してもらうには、どれだけの費用と時間が必要になるのでしょうか。
筆者の経験上、どれだけPR施策が成功し、メディアなどで取り上げられて、無償でSNSなどでバズったとしても、テレビCMやデジタル広告への投資を超える速度で浸透することはありません。結果的に、同程度の時間と費用がかかります。
スマートニュースがアイコン変更を断念したわけ
筆者がニュースアプリを開発するスマートニュース(東京・渋谷)に在籍していたころ、アプリのアイコンが分かりにくいという意見を基に、変更を検討したことがあります。現在のスマートニュースのアイコンはニュースサイトを模したデザインですが、そこに人の顔を付けたり、有名デザイナーにサンプルをつくってもらったりする段階まで進めました。
当時のスマートニュースの認知率は30%です。数値目標は、1年で認知率をその2倍の60%超まで高めることでした。
しかし、アイコンを変更するということは、既存の30%の認知を失うことになるため、再び獲得しなければなりません。そのために必要な費用を試算したところ、10億円をはるかに超える計算になりました。アイコンを変更したことで、既存顧客がスマートニュースを認識できなくなり、アプリの起動率が下がる恐れもありました。
これを検証するため、デジタル広告を活用してテストマーケティングを実施。変更前のアイコンと新しいアイコンを使った広告クリエイティブをつくり、新規利用者の獲得率で比較しました。
結果としては、新しいアイコンを起用した広告は従来のアイコンを起用した広告クリエイティブに数値で負けていました。広告はサービスを認知すらしていない全く新しい利用者の獲得だけでなく、認知はしているもののアプリをダウンロードしたことがなかった潜在顧客の記憶を呼び起こす上でも重要です。
このテストにより、既存のアイコンで潜在的顧客の大きな認知率が積み上がっていることが明確になりました。新規利用者の獲得を目的としたマーケティングを実行する上でも、既存のアイコンを起用したほうが、高い効果が期待できることは明らかでした。
英字からカタカナ併記にし、読みやすくする
新しいアイコンは新規を獲得する上でも決して優位ではないのです。加えて、気を付けないといけないのは、離反後に戻ってくる顧客の存在です。例えば、スマホの機種や契約している携帯電話会社を変えた顧客は、知っているアイコンを見ることで、アプリの存在を思い出して、再インストールします。このとき、新しいアイコンに変わっていると、サービスを認知できず、完全な離反につながる恐れがあります。
サービスの認知度を高めていく上で、デザイナーにつくっていただいたアイコンのサンプルに大きな可能性を感じていました。これから新たに導入するブランドであれば、変更したかもしれませんが、スマートニュースは投資対効果が得られる変更のタイミングは既に過ぎていました。結論としては再び既存の認知度を獲得するコストと既存顧客の離反リスクのほうが大きいと判断し、そこまでの投資をすべきではないと判断しました。
一方で変更したのが、サービス名を表記する言語の変更です。それまでは「SmartNews」と英語表記でしたが、これをカタカナ、もしくは併記に変更しました。この変更の決定に対して、当然社内からは「かっこうが悪い」「前のほうがいい」といった意見が出ました。
ですが、よくよく考えてみてください。アラビア語やスワヒリ語でブランド名を付けたら、日本人は正しく読み、その商品・サービスの価値を理解できるでしょうか。読めない方がほとんどです。正しく読めて、商品・サービスが持つ便益や独自性が直感的に伝わるほうが、マーケティングでは重要です。英語は日本人が中途半端に読めるため、このような勘違いを生みやすい傾向にあります。
これも導入前にテストをしました。アイコンと同様に英語表記とカタカナ表記の両方で広告クリエイティブをつくり比較したところ、CPA (顧客獲得単価)の効率性はやはりカタカナ表記に軍配が上がりました。そこで、スマートニュースでは広告を含めた顧客とのコミュニケーションは全てカタカナ表記、または併記にしました。
高級ブランドであれば、自分が持っているバッグに記載されているブランド名そのものが所有欲を満たしてくれるなど、情緒的な価値を生み、便益になるため表記は重要です。
そのため、カタカナ表記のないまま英語表記やフランス語表記を使う意味がありますが、ニュースアプリはそのような情緒的価値よりも、サービス名を正しく読めて、価値につながる可能性のある便益や独自性を示唆すること、すなわちブランディングの第1の目的がはるかに重要だと判断しました。
まだ会員登録されていない方へ
会員になると、既読やブックマーク(また読みたい記事)の管理ができます。今後、会員限定記事も予定しています。登録は無料です