
伝説的なCMとなった「1984」
前項で、アップルですら「ブランディング」で数々の失敗を積み重ねている、と述べました。
まず、アップルのテレビCMで伝説的な「1984」に関する事実を見てみます。当時の新型パソコン「マッキントッシュ」の発売に合わせて発表されたこのテレビCMは、1984年1月22日に開催された「第18回スーパーボウル」で9000万人の視聴者に対して放映され、大反響を呼びました。
制作は映画監督のリドリー・スコット氏が担当。小説家のジョージ・オーウェル氏の小説『1984』の世界観を基につくられており、当時のコンピューター業界の巨人であるIBM(アイ・ビー・エム)を仮想敵とし、解放者としてのアップルを打ち出したドラマチックな内容に仕立て上げられています。
商品写真を表示せず、具体的な商品説明もしない異例の内容で、広告史に名を残しています。広告業界などでは、アップルブランドの象徴的な広告として語られることが多く、優れたブランディング事例として扱われています。
「1984」の放映から2日後の84年1月24日に発売された初代マッキントッシュは、当時としては非常に新しいGIU(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を中心としたOS(基本ソフト)を搭載していました。ですが、既存のテキストモードやコマンド駆動のアプリケーションは、そのまま使えませんでした。結果、ソフトウエアが不足した状態でした。
この商品はテレビCM放映後の84年5月初旬までに7万台が出荷されましたが、その後、失速し、業績は上がらず、売り上げと株価は86年まで低迷しました。今でこそ、革新的な広告として知られる「1984」ですが、アップルの業績を直接高めたわけではないことは明らかです。
批判を受けたCM「レミングたち」と、ジョブズの退任
また、「1984」放映の翌年、85年に開催されたアメリカンフットボールの大会「第19回スーパーボウル」で、アップルは業績の回復を狙い新たなテレビCM 「レミングたち」を展開しましたが、こちらも失敗に終わっています。
この「レミングたち」は、広告業界やブランディングの文脈であまり語られませんが、理解しておくべき事実です。
このテレビCMは、集団で崖から落ちるとされる「レミング(タビネズミ)」のように、たくさんの人たちが崖からに飛びおりた後、「1985年1月23日、アップルはマッキントッシュオフィスをリリースする」というナレーションが流れます。
そこで、一人が絶壁の直前で立ち止まり、空を見上げ、雲の合間から差す光を見る。そして、崖へと進む人々の方を振り返って、「(新たな道を)のぞき見ることも、あるいはこれまで通りを続けることも可能だ」というナレーションが入るという内容です。
これは、当時の競合であるIBMと一緒に崖から落ちるか、アップルとともに生き延びるかを暗喩した内容だと解釈できます。
ところが、このCMは、「1984」のように顧客の関心を引きつけることはなく、むしろ人を崖から落ちるレミングに例えることへの批判を招きました。
「レミングたち」のコピーライターを務めたスティーブ・ハイデン氏は、このテレビCMが、スタジアムの巨大スクリーンで流れた際、会場の観客からはほぼ反応がなく、「1984」に対する大喝采とは全く状況が異なったと語っています。
「1984」の放映後、マッキントツシュの短期間での失速、第2弾のテレビCMの「レミングたち」の失敗などの結果として、不十分な業績と低迷する株価。その渦中で社内での様々な確執があり、当時アップルのCEO (最高経営責任者)を務めていたスティーブ・ジョブズ氏は、85年9月に会社を追われることになりました。
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