
イメージが価値になる「ラグジュアリー」の特殊性
前段でも触れたように、ラグジュアリーブランドに対する過剰な期待や憧れも、ブランディングの誤解を生み出す原因になっています。
ラグジュアリーブランドとそれ以外の商品・サービスを、混同してはいけません。ほとんどの商品・サービスにおいて、顧客はラグジュアリーブランドのようなブランドイメージ、デザイン、アート性、広告的クリエイティブが主として欲しいわけではなく、商品・サービスの持つ機能的な「便益」や「独自性」を買っています。
イメージ、デザイン、アート性、広告的クリエイティブそのものが強い便益そのものになるのはラグジュアリーブランドだけです。このような要素が、便益とならない商品・サービスの場合、それらを強化しても意味がありません。
その商品・サービスがなくなると何が困るのか。どういうとき、どの場面で困るのか、それが商品の便益が価値となる場面です。
商品・サービスが提供すべき主たる便益に目を向けず、一足飛びに、ブランディングすれば売れるという期待を持つことが、そもそもの間違いです。ブランドを意識させようとして、きらびやかな広告で訴求しても、作り手の自己満足でしかありません。
正しくブランディング活動をするためのスタートラインは、自社の商品・サービスを支えている「便益」と「独自性」、そして、そこに価値を見いだす「顧客」を定義することです。

顧客次第で「価値」となる便益と独自性は変わる
ここで注意したいのは、うまくいっていない企業の多くが自分たちが伝えたいこと、売りたいポイントを便益と独自性だと思い込んでいるという事実です。それは実際に顧客が価値を見いだすものと異なっているケースが多いです。
例えば、はんこを使った承認プロセスを代替する電子化サービスを売り込む際、「早くて便利」を便益として設定していたとします。
実務を担当する部門では、それが便益として捉えられたとしても、経営陣が、実際に、物理的なはんこを押した際の仕事の儀式的プロセスや達成感に便益を感じていた場合、そもそもはんこを押すことをそれほど不便だと思っていない可能性があります。
このように提供側と顧客が価値を見いだす便益と独自性が異なると、広告やパッケージデザインなどを変えただけでは買ってはくれません。顧客次第で価値となる便益と独自性は変わります。
顧客起点で真の便益を見つけ出す
マーケティング業界には「ドリルを売るのではない、穴を売れ」という有名な話があります。マーケティング界のドラッカーといわれるセオドア・レビット氏が著書『マーケティング発想法』に記述したもので、発刊は1968年とだいぶ昔です。
ご存じの方が多いと思うので詳しくは割愛しますが、「ホームセンターにドリルを買いに来た顧客はドリルそのものが欲しいのではなく、穴を開けたいのだ。それならキリでもいい。そのように、買い手の視点になろう」という示唆があります。
ただ、それでも筆者は本当の顧客起点にはまだ不十分だと考えています。たしかに「本当に欲しいものは何か」を推察してはいますが、求めているであろう穴(を開ける道具)を売ろうという発想は、依然として売り手視点です。
そこで顧客起点に立ち返り、「なぜ、その人は穴を開けたいのか」を考えます。もし、ハンガーを掛けるフックを壁に設置するために壁に穴を開けたいのなら、目的は服を掛けることなのだから、スタンド型のコート掛けも選択肢に含まれるかもしれません。
ホームセンターに対象商品がなければ、近くの家具店を紹介すれば顧客の課題解決につながる可能性があります。あるいは、庭に置く犬小屋をつくりたいのかもしれません。それなら、組み立て式の犬小屋ユニッ卜でも事足ります。
もちろん、コート掛けを提案したところで「ハンガーとフックは購入済みだから、固定するためのネジ穴を開けたい」のが真のニーズかもしれません。犬小屋でも「自分でつくるからこそ愛情」という価値観の持ち主ならやはりドリルが必要でしょう。
大事なのは、同じ「ドリルが欲しい客」でも、どこに価値を見いだすかは人によって大きな差が出てくるということです。価値は顧客が見いだすものです。企業が提供するものだと信じて「自社が提供できる価値」をと考える限り、自社にあるキリやその他の″売り物″に提案が絞られ、顧客の本当の便益と独自性にまで思考が及びません。
そんな売り手視点から脱却して、顧客が求める便益と独自性を突き詰めなければなりません。そして、その便益と独自性が最大限に伝わるように、パッケージ、デザイン、広告を含むあらゆるコミュニケーションにおける訴求内容を見直すべきです。

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