
立ち上げ期=最初の顧客が見つかった段階
新事業や新商品の立ち上げ、いわゆるスタートアップ期を「0→1」の段階と呼びます。顧客は、自分にとって重要な便益(選択する理由)と独自性(他を選択しない理由)を認知して初めて、プロダクトに価値を見いだします。その価値を手に入れるために、顧客はお金、時間、体力、脳力などを投じてプロダクトを入手します。まだ世に出たばかりのプロダクトの場合、最初の顧客が「何らかの対価を払ってでもほしい」と思った際、そのプロダクトにとっての「初めての価値評価」が行われることになります。
不特定多数の中から最初の1人目の顧客が見つかった状態が、「0→1」の段階です。この段階での最初の顧客は、創業者や開発者自身、あるいは彼らの身近な誰かであることが多いです。
創業者や開発者が、0→1の段階で最初の顧客になることが多いのは、自分の強いニーズが顕在化しているからです。言葉では説明できなくても、自分が求める便益と独自性を認識し、頭の中で具体的にイメージできています。開発の過程を経て、自分が「これなら買う、使う」と納得できるプロダクトとして具現化できたら、他の人の潜在的なニーズが掘り起こされ、需要の創出につながります。
ソニー「ウォークマン」は開発者がほしかったもの
ソニーのポータブル音楽プレーヤー「ウォークマン」は、最初は開発者自身が「WHO」だった代表的なプロダクトです。当時の市場には、据え置き型の音楽プレーヤーしかなかったところ、“音楽を持ち歩く”とのコンセプトで登場しました。日本に限らず、世界的に類を見ないプロダクトだったため、1979年に発売してから80年代には世界を席巻しました。
開発のきっかけは、ソニー創業者の1人である、井深大氏のニーズでした。井深氏の「再生機能だけでいいから、きれいな音で常に音楽を聴きたい」という要望により、すでに商品化していた小型テープレコーダーから再生専用でステレオタイプの試作品がつくられました。それを体験した、もう1人の創業者で技術者の盛田昭夫氏が、「持ち歩ける音質のよいカセットプレーヤー」として商品化を提案したのです。
開発当初は録音機能がなく再生専用だったため、ソニーの社内では「録音機能のない携帯用ステレオなど売れるわけがない」と反対する人が多く、「売れる」と確信していたのは盛田氏だけだったそうです。 実際、ウォークマンは発売から1カ月は3000台程度しか売れなかったようですが、その後、盛田氏も驚くほどの大反響となり、たちまち世界中で何百万台、何千万台と売れていきました。


「1人のほしいものが広く売れるとは限らない」の誤解
ウォークマンの例をWHOとWHATでひも解くと、WHOは、井深氏の願望をきっかけにプロダクトに求める価値を洞察した、最初の顧客である盛田氏自身です。そしてWHATは「どこでも音楽を聴ける」という便益と、「他に選択肢がない=世の中に唯一無二」という独自性です。それまでは、持ち歩けないプレーヤーしかなかったので、音楽は固定された場所で聴くものでした。しかしウォークマンによって、出先や屋外など様々な場所で、しかも自分だけのものとして音楽を聴けるようになりました。
ウォークマンは開発者自身がつくりたいもの、必要だと感じたことから始めた典型的なプロダクトアウトの製品です。よく、創業者や開発者、その身近な人がほしいものをつくるというと「それが売れるとは限らないのでは」「ニッチすぎて市場がないのでは」といった意見も聞かれますが、そんなことはありません。自分が心の底からほしいと思うもの、もしくは自分でなくても実在する誰か1人が強力な便益を感じるものには、同じように反応してくれる大勢の人がいる可能性が高いのです。
ウォークマンは、まさにそんな製品でした。最初の顧客が見いだした価値に対して、同じように価値を感じた人が数多くいたのです。ウォークマンが登場して以来、音楽の聴き方は大きく変わり、全世界の何千万という人の音楽の楽しみ方を変えたということです。 世の中のプロダクト(WHAT)は、すべて1人の顧客が(WHO)誕生することから、すなわち「ニッチ」からはじまるのです。
独自性があれば、顧客の広がりは0→1では予想できない
0→1の段階は、そのプロダクト(WHAT)に高い便益と独自性を感じ価値を見いだす1人目の顧客(WHO)が見つかった状態です。このプロダクトに同様な価値を見いだす顧客が、他に何人いるのか、総数は何人なのかは、この段階では予想しがたいです。
逆説的ですが、この段階で将来どこまで顧客が増えるか、その総数を予想できるなら、独自性が弱い懸念があります。予想の参考となる先行プロダクトや事例が、すでに存在しているということだからです。
将来の拡大が予想できないなら、プロダクトに強い独自性がある可能性が高いといえます。ただし、だからといってそうしたプロダクトのすべてが順調に1→10、10→無限大の段階に進めるわけではありません。初期にあまり多額の投資をすると、無駄が生じてしまうリスクもあります。最初の顧客が持つ強いニーズを、他にどんな人が持ちそうか、その人はどこにいるのかをよく洞察し、顧客の開拓につながる手段手法(HOW)を検討し実行していきます。
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