

具体的な1人の顧客=「N1」を深掘りする
どういった顧客が(WHO)、どのような便益と独自性(WHAT)に価値を見いだすかの組み合わせを見つけるには、必ず「具体的に“誰が”価値を見いだすのか」を考える必要があります。プロダクトが先にある場合も、そのプロダクトが内包する複数の特長や要素のどれに、どんな顧客が価値を見いだすかを把握しておかないといけません。顧客が明確になっていないのに、プロダクトの利点をどれだけ列挙できても、それは顧客起点ではなく企業起点に過ぎません。まして、企業の販売目標に基づいて企業の都合で立案したマーケティング施策を実行するのは、顧客理解とはほど遠い行為です。
では、顧客を理解するためにはどうしたらいいのでしょうか? その方法はいろいろあります。例えば、POSデータや会員カード情報、購入履歴データ、Webやアプリのアクセス情報、Eメール開封率といった「行動データ」から顧客の行動を分析することができます。さらに、その顧客の行動を左右した心理を探るのが「心理データ」で、顧客アンケートなどの量的調査を行って、プロダクトの購入のきっかけやプロダクトの認知度などを探ります。
ただし、こうしたデータ分析だけでは不十分です。なぜなら、顧客は購入行動の裏にある深い心理に自分自身で気づいていないことも多いからです。自分がなぜその行動を起こしたかという理由を、明確に認識している人は多くありませんし、言語化できない潜在的なニーズを抱えていることもあります。
そのため、具体的な1人の顧客への問いかけを通して、その心理を丁寧に捉えていくことが大切になります。これを「N1分析」と呼びます。1人の顧客に対して、「その商品を知ったきっかけ」「その際に、どう感じたか」「なぜその商品を買ったのか」「なぜ購入を続けているのか」を時系列で掘り下げていく「N1分析」を行うことで、購入行動の裏にある深層心理を徹底的に理解するのです。
顧客起点とは、一人ひとりに注目すること
強く価値を感じる人を1人見つけたら、その価値について他の人にも聞いたり、具体的なプロダクトの提案として提示したりすることで、同じように価値を見いだす人を把握することができます。逆にいうと、強く価値を感じる人のボリュームがどのくらいなのか、対象はどのくらい絞り込まれるか、などによって展開の規模や方法を決めれば、無駄な投資などのリスクを抑えられます。
顧客起点とは、一人ひとりに注目することです。その1人の心理に基づいて、拡大可能性を検証しながら、マーケティングひいては事業運営を組み立てることです。WHOとWHATの組み合わせが、たった1人にしか成立しない場合は、まずありません。
購入行動の背景には、必ず何らかのきっかけ=心理変化がありますが、それは行動を追うだけではわかりません。1人を分析する「N1分析」で重要なのは、購入行動を左右している根本的な理由を見つけることです。それは多くの場合、顧客自身も明確に意識できていないので、直接「その理由は何ですか?」と尋ねても答えられないか、表層的な推測に留まります。
N1分析の目的は、購入行動に直結している、その行動の背景にある根本的な理由を見つけることです。購入行動に直結している理由とは、その顧客が「購入しているプロダクトが自分にとって特別な便益をもたらしてくれる」と心理的に認識するに至ったきっかけです。ほとんどの場合、1人の顧客の心理を変えるきっかけはひとつに集約されます。何らかのコミュニケーションや体験を通じて、そのプロダクトの良さを認識して顧客化したときの重要なきっかけ、さらにロイヤル化した重要なきっかけが何だったのかを、N1分析で見つけます。プロダクトの将来の成長を最も左右するのが、このN1分析での掘り下げです。 顧客が何気なく行っている行動の裏に隠れた深層心理をつかむことで、有効なWHOとWHATの組み合わせを突き止めます。
実在しない“ペルソナ”は立てない
N1分析では、行動観察などを実施するかは場合によりますが、その顧客に相対してインタビューすることが基本です。とはいえ、モニターを募って実施するインタビューに限らず、自分の周囲の方に少し話を聞いたり、店頭で購入行動を観察したりするだけでもヒントが得られます。
大事なのは、平均値でもない、ペルソナ(架空の人物)でもない、具体的な1人を徹底的に理解することです。マーケティング活動においてペルソナが有効な場合もありますが、N1分析では、例えば「30代の女性で、世田谷に住んでいて……」と、企業側から条件を設定して実際には存在しない人物像をつくることは決してありません。
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