

「絞り込むとニッチ化する」の誤り
私たちの生活を支えてきた様々な商品やサービスのほとんどは「特定の誰か1人を喜ばせること・幸福にすること・便利になってもらうこと」が起点になっています。「どんな人が」「どんなものを喜びそうか」の仮説を立て、実際にどのくらいの方が賛同するかという量的な調査をすれば、同様の仮説が成り立つ人が本当にいるのか、どの程度いるのかを確かめられます。
同じニーズを持つ人は、他にも必ずいます。その確認を経て拡大すれば、アプローチの方向性や施策の確度を確かめられ、無駄な投資のリスクを回避できます。
その特定の誰かが、それを作った本人である例も少なくありません。自分が強くほしいと思ったものを開発し、同様のニーズを潜在的に抱えていた多くの人の心をつかんで広く売れるような事例です。「自分がほしいもの」としてビジネスの種を発案し、自分が創業者となって事業を興す場合、最初の顧客は創業者自身になります。創業者が高い価値を見いだすプロダクトを自ら生み出し、自分が満足しながら、同時にそのプロダクトに価値を見いだす顧客との接点を増やして顧客数が増大すれば、事業が拡大していきます。
たった1人に喜ばれるプレゼントを選ぶ
N1=1人の意見や購入理由を起点にする、というと、多くの人が不安を感じるようです。「偏った結果になる、ニッチになる」「大勢に向けて商品のPRや広告をするほうが投資対効果がある」などと考え、結果的に不特定多数の消費者に向けて画一化したプロダクトを開発したり、マス向けの施策を展開したりする企業も少なくありません。また、「『お金を払ってもいい』と思う誰か1人について理解しても、それはその人だけの話ではないか」と思い込んでいる人も多いです。
そうした懸念の根底にあるのは、「1人の声を基にすると一定以上の規模の獲得が見込めないのでは」という懸念です。しかし、実際にはそんなことはありません。誰か1人が「お金を払ってでも手に入れたい」と思う価値に対して、同じように価値を感じる人は何千人や何万人、場合によっては何十万人、何百万人といることもあります。実在する誰か1人が強い価値を感じているプロダクトには、大勢の潜在的な顧客がいます。
しかし、仮に1000人にアプローチしたところで、その訴求内容が凡庸で誰にも響かないものならば、1人の購入行動も起こせません。逆説的ですが、心理を探る相手をまず絞り込み、その人が強く心を動かされる要因を突き止めて初めて、同じように心を動かすであろう人に展開して規模の拡大を図れます。これが、N1を深掘りする意義です。まず絞り込まなければ、強く支持される要因はつかめません。
例えば、誰かにプレゼントを選ぶシーンを考えてみます。次の3つの選択肢で、どれがもっとも喜ばれそうでしょうか?
1.あなたの家族や親しい友人の、いずれか1人にプレゼントを選ぶ
2.あなたの同僚、もしくは同級生20人に、同一のプレゼントを選ぶ
3.東京都在住、世帯年収800万以上の専業主婦1000人に同一のプレゼントを選ぶ
1がもっとも喜ばれ、2、3と進むほど相手の喜ぶ度合いが下がっていく想像がつくはずです。1がまさにプライベートなプレゼントであるのに対し、2はもう少し汎用的なギフト、そして3はいわゆる企業のノベルティなどが該当します。
深く理解しているたった1人へのプレゼントであれば、趣味嗜好や生活態度、価値観、普段何に興味があるかを考えて、本人が想定する以上のプレゼントを選べる可能性が高くなります。自分がよく理解している特定の一個人から、複数人に、さらに自分が直接知らない概念上の属性でカテゴライズされる方々になると、何を喜ぶかがつかみにくいのは当然です。
スマートニュース「クーポンチャンネル」がどう生まれたか
ニュースアプリ「スマートニュース」のチャンネルのひとつ、クーポンチャンネルが生まれた背景には、1人の顧客へのインタビューがありました。既存のクーポンについて、ある人から「どの店がいつどんなクーポンを発行しているかわからないので、気づかずに損をした気持ちになる」「いちいち、各店の情報をチェックしないといけない」という不満の声がありました。それを受けて、他の人にもこうした不満や不便さはないかと聞くと、多くの人が「ある」「解決したら助かる」と答えたのです。
そこから、「スマートニュースで各店のクーポンをまとめてチャンネル化する」という発想が生まれました。そして「こんなチャンネルがあったら使うか、ほしいか」を再び複数の人に尋ねてニーズの強さを確かめられたため、実装に至りました。それが、様々な企業のクーポンが集約された「クーポンチャンネル」です。これが想定以上に支持され、また対象顧客も老若男女を問わなかったため、テレビCMを展開しました。その効果も大きく、しばらく後にスマートニュースの月間使用者数は1000万人を突破しました。クーポンチャンネルに非常に多くの方が価値を感じ、この機能を使いたいとダウンロードした結果です。
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