
顧客の記憶に残るためのブランディング
プロダクトに価値を感じない、自分にとっての便益も独自性も見いだせない顧客は離反していく、と述べました。ただし、中にはプロダクトに価値を感じていても、つい忘れてしまって離反する顧客もいます。そうした顧客が、どんなビジネスでも大きな割合を占めています。
例えば大手飲食チェーンには、このような「忘却離反」が多く見られます。決して嫌いではないし、昔はよく行っていたけれど、なぜか最近は行っていないというお店が、みなさんもいくつか思い浮かぶのではないでしょうか。プロダクトの価値を感じていないために顧客が離反していくのとは違い、価値はあると顧客に再評価されたのに、なんとなく忘れられて離反しているケースです。忘れているだけなので、自宅や職場の近くに新しい店舗ができたり、何かのきっかけで思いだしたりすると、復帰する可能性もあります。
こうした忘却離反を防ぐための手段が「ブランディング」です。顧客がプロダクトの価値を見いだしているにもかかわらず、強く記憶されていないために継続的な購入や使用という行動に結びつかない。それを防ぐために、ブランディングが重要になってきます。
顧客に覚えてもらい、選択肢に思い浮かべてもらう
ブランディングとは、ブランド名や色、形、デザイン、ロゴ、音、言葉など何らかのかたちで顧客がプロダクトに価値を見いだした便益と独自性を記憶として残し、忘却による離反を減らし、継続購入へとつなげる想起を促進する手段です。特徴的なブランド名やデザインなどを通して、「顧客が価値を見いだした便益と独自性を覚えてもらい、購入や使用の際に選択肢として真っ先に思い浮かべてもらう」ことです。

ロート製薬の「メラノCC」というシミ対策の美容液は、もともと2000年代に「メラノバスター」という異なるネーミングと、黒を基調とした異なるパッケージデザインで販売していた商品を、大胆にリニューアルしたものです。メラノバスターの商品力は、主成分であるビタミンの効用で、強いシミ対策効果があったものの、類似したデザインの商品が市場にあったことも遠因で新規ユーザーも増えず、リピートがあまり起きていませんでした。
そこで2009年、ネーミングもパッケージデザインも変えてリニューアルに踏み切りました。商品効果のカギであるビタミンCをブランディングの軸とするために、ネーミングに「C」を2回入れ、パッケージのデザインも黄色でビタミン感を強調し、「シミの元に効く一滴」という訴求で提案しました。すると、メラノバスターのころをはるかに超える新規ユーザーに購入され、さらに黄色で覚えやすいことで指名購入も増え、継続購入が圧倒的に増えたのです。商品としての強い便益と独自性があって、それをテコにしたブランディングで相乗効果がつくれた一例です。
ブランディングに成功すると、価値を感じていながらも忘れられてしまう忘却離反が少なくなります。そして、価値があると感じて想起されやすく、継続購入が増えていくのです。

ただの「最中」か、「幻の行列もなか」か
ブランディングについてより理解を深めるために、別の例で考えてみます。ある地方の老舗和菓子屋さんで、非常においしい最中(もなか)をつくって売っていたとします。でも、その店の屋号も外観も、最中の見た目もパッケージも普通で、名前も単に「最中」だけです。街の小さな和菓子屋さんでも、よくこういった商品を見かけるでしょう。ただ、この店の最中の味は抜群です。自然素材だけを使った餡あんにも、香ばしい皮にもこだわりがあります。地元では価値の再評価がされていて、「あの店の最中はすごくおいしいよね」といわれていますが、その街の人しか知りません。
これはブランディングに失敗している例といえます。「おいしい」という便益はあっても、名前がなくて覚えられないために広がっていないのです。
そのようななか、最中の製造法を学びに来た人がいました。最中はとてもおいしいのに他の地域や業界以外では知られていないことを残念に思い、その人はブランディングによってもっと売り出そうとします。では、どうするのか? 街の住民以外から覚えてもらうためには、やはり名前が必要です。そこで最中に「幻の行列もなか」という名前を付けて、ロゴをつくります。商品パッケージも特徴的なものにします。
「行列」というからには、大勢の人が最中を求めて駆け寄ってきているイラストなどを入れるといいかもしれません。それを全国各地に届けるためにはどうしたらいいでしょうか? 最中は贈り物にも適していますが、やはり地方のお店の店頭販売だけでは不十分なため、インターネット通販でも売ることにします。このように、ブランド名、ロゴ、パッケージデザインなどを覚えやすいものにして独自性をつくり、販売チャネルを拡大します。こうした施策をいくつも実行して、ブランディングをするのです。
実際に食べてみると非常においしいので、「この行列もなか、すごくおいしいよ」「行列のイラストの商品ね」と全国的に話題になります。「幻の行列もなか」という名前が、忘れられない要素として多くの人に残るのです。また、インターネット通販という販売手法によって、その価値を大きく広げていくこともできます。ブランディングによって、無名だった商品が広がっていくのです。
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