
近日発売予定の著書『マーケティング手法大全』で紹介するマーケティングの発展に関して大きな影響を与えてきた26人を含む41人の紹介と、主要な理論や研究の概要を解説します。マーケティングの学習と実践に役立てるべく、41人の貢献の中に見える共通項や異なる視点を学びとっていただければと思います。
アーネスト・ディヒター(Ernest Dichter、1907年 - 1991年)は、オーストリア出身のアメリカの心理学者であり、「モチベーション・リサーチ(Motivation Research)」の創始者の一人として知られています。彼は、消費者の購買行動の背後にある無意識的な動機や感情を解明することに焦点を当て、マーケティングや広告の世界に大きな影響を与えました。
モチベーション・リサーチは、心理学、特に精神分析学の理論や技法を応用して、消費者の行動の動機を探る調査手法です。従来の市場調査が、消費者の意識的な意見や態度を調査するのに対し、モチベーション・リサーチは、深層心理に潜む欲求、感情、無意識的な連想などを明らかにしようとします。ディヒターは、消費者の購買行動は単なる合理的な判断ではなく、無意識的な欲求や感情によって大きく左右されると考えました。彼は、以下のような手法を用いて、消費者の深層心理を探りました。
「デプスインタビュー (Depth Interview):」参加者と長時間にわたって個人的な面談を行い、自由な雰囲気の中で、製品やブランドに対する感情や連想などを深く掘り下げていきます。
「フォーカスグループ (Focus Group):」複数の参加者を集めてグループインタビューを行い、製品やブランドに関する意見や感情を自由に語り合ってもらいます。グループダイナミクスを利用して、個々の参加者からは引き出しにくい深層心理を探ることが期待できます。
「投影法 (Projective Techniques)」 言葉や絵などの刺激を与え、参加者に自由に連想や解釈をしてもらうことで、無意識的な感情や欲求を間接的に探ります。例えば、ロールシャッハ・テストや文章完成テストなどが用いられます。
「深層心理を探る方法」
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ディヒターは、消費者の購買行動において、意識的な理由だけでなく、無意識的な動機が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。従来の定量調査に加えて、デプスインタビューやフォーカスグループなどの定性調査の重要性を提唱し、心理学、特に精神分析学の理論や技法をマーケティングに応用することで、より効果的な広告や販売戦略の立案に貢献しました。
事例
自動車の販売促進: ディヒターは、自動車は単なる移動手段ではなく、男性の性的欲求や自己顕示欲を満たす象徴的な意味合いを持っていると分析しました。この分析に基づいて、自動車メーカーは、力強さやスピード感を強調した広告を展開し、販売を促進しました。
石鹸の販売促進: 石鹸は単なる洗浄剤ではなく、罪悪感の浄化や自己変革の象徴として捉えられていると分析しました。この分析に基づいて、「純粋さ」や「清潔さ」を強調した広告が展開されました。
ディヒターのモチベーション・リサーチは、 消費者の深層心理を理解することの重要性が広く認識されるきっかけとなり、マーケティングや広告の世界に大きな影響を与えた一方で、精神分析学に基づいた解釈は、客観性に欠け、恣意的になりやすいという批判があります。また、消費者の無意識に訴えかけることで、消費者を操っているのではないかという倫理的な批判や、デプスインタビューやフォーカスグループは、少人数のサンプルに基づいて行われるため、結果が一般化できないという批判があります。この流れは、脳科学の技術を用いたニューロマーケティングに発展しており、消費者の無意識的な反応をより科学的に測定しようとする試みがなされています。
ディヒターの主な著書
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