
近日発売予定の著書『マーケティング大全』で紹介するマーケティングの発展に関して大きな影響を与えてきた26人を含む41人の紹介と、主要な理論や研究の概要を解説します。マーケティングの学習と実践に役立てるべく、41人の貢献の中に見える共通項や異なる視点を学びとっていただければと思います。
ジェフリー・ムーア(Geoffrey Moore、1946年 - )は、アメリカの組織論、経営コンサルタント、著述家であり、特にハイテク産業におけるマーケティング戦略の分野で著名です。彼の最も有名な著書は『キャズム (Crossing the Chasm)』(1991年)であり、この中で提唱された「キャズム理論」は、ハイテク製品の市場浸透における課題を分析し、それを克服するための戦略を示したことで、広く知られています。
「キャズム理論」
キャズム理論は、エベレット・ロジャース(Everett Rogers)の「イノベーター理論(普及学)」を基に、特にハイテク製品に焦点を当てて発展させた理論で、新製品が市場に普及していく過程で、初期市場(アーリーアダプター)とメインストリーム市場(アーリーマジョリティ)の間に大きな溝(キャズム)が存在し、この溝を乗り越えられないと市場への普及が阻害されるという理論です。アーリーアダプターは新しい技術そのものに魅力を感じるのに対し、アーリーマジョリティは実用性や実績を重視するため、両者の間に大きなニーズのギャップが存在するためです。
「テクノロジー・アダプション・ライフサイクル(技術受容ライフサイクル)」
ムーアは、ロジャースのイノベーター理論における消費者層をテクノロジー分野に当てはめて、以下の5つのグループに分けました。
イノベーター (Innovators): 新しい技術に最も早く飛びつく人々。リスクを恐れず、最先端の技術を試すことを好む。
アーリーアダプター (Early Adopters): 先見の明があり、新しい技術がもたらす可能性に注目する人々。オピニオンリーダーとしての役割を果たすことが多い。
アーリーマジョリティ (Early Majority): 慎重派で、他の人が使っているのを見てから採用するかどうかを決める人々。実用性を重視する。
レイトマジョリティ (Late Majority): 保守的で、周りのほとんどの人が使っているのを見てからようやく採用する人々。新しい技術に抵抗があることが多い。
ラガード (Laggards): 最も保守的で、伝統や慣習を重んじる人々。新しい技術の採用に最も抵抗がある。
キャズムを超えるための戦略
ムーアは、このキャズムを超えるためには、以下の戦略が重要であると提唱しました。
ニッチ市場への集中: まずは特定のニッチ市場で確固たる地位を築き、その成功事例を基にメインストリーム市場へ進出する。
全体像ソリューションの提供: 製品単体ではなく、関連するサービスやサポートを含めた全体像ソリューションを提供することで、アーリーマジョリティのニーズに応える。
ボウリングレーン戦略: 複数のニッチ市場をボウリングのピンに見立て、一つずつ攻略していくことで、最終的にメインストリーム市場全体を制覇する。
口コミの活用: アーリーアダプターからの口コミを積極的に活用し、アーリーマジョリティの不安を解消する。
キャズム理論は、ハイテク製品だけでなく、新しいサービスやアイデアの普及にも応用できます。新しいものを普及させる際には、常にこのキャズムの存在を意識し、適切な戦略を立てることが重要です。

ムーアのその他の著書
『トルネード キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング (Inside the Tornado)』: ハイテク市場における急成長と競争について解説。
『エスケープ・ベロシティ(Escape Velocity)』: 企業が成長の停滞期を脱出し、持続的な成長を達成するための戦略を提示。
『ゾーンマネジメント(Zone to Win)』: 大企業がイノベーションを起こし、競争優位性を維持するための戦略を解説。
マーケティングへの応用
エベレット・ロジャースのイノベーター理論と、ジェフリー・ムーアの「キャズム理論」は、新しいアイデアや技術が社会にどのように広まっていくのかを理解するための重要なフレームワークです。この理論は、マーケティング戦略だけでなく、社会政策、教育、医療、技術開発など、様々な分野で活用されています。特に、新しい製品やサービスを市場に導入する際には、この理論を理解し、活用することで、より効果的なマーケティング活動を展開し、普及を促進することができます。
ターゲット層の特定とアプローチ: 各採用者層の特性を理解することで、ターゲット層に合わせたマーケティング戦略を展開できます。例えば、イノベーターやアーリーアダプターには、新製品の早期情報や特別な体験を提供することでアプローチし、アーリーマジョリティ以降には、口コミや実績を強調したアプローチが有効です。
メッセージの最適化: イノベーションの特性に合わせて、メッセージを最適化できます。例えば、複雑な製品であれば、分かりやすく説明するプロモーションが重要になります。
キャズム(Chasm)の克服:イノベーターとアーリーアダプターからアーリーマジョリティへの移行期に大きな溝(キャズム)が存在し、このキャズムをいかに乗り越えるかが重要になります。
口コミの活用: アーリーアダプターはオピニオンリーダーであるため、彼らを活用した口コミマーケティングは非常に効果的です。インフルエンサーマーケティングもこの理論に基づいています。
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