
近日発売予定の著書『マーケティング大全』で紹介するマーケティングの発展に関して大きな影響を与えてきた26人を含む41人の紹介と、主要な理論や研究の概要を解説します。マーケティングの学習と実践に役立てるべく、41人の貢献の中に見える共通項や異なる視点を学びとっていただければと思います。
バイロン・シャープ(Byron Sharp、1968年 - )は、南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所のマーケティングサイエンス教授兼ディレクターを務める、現代マーケティング論において非常に重要な人物です。彼の研究は、従来のマーケティングの常識を覆すものが多く、特に著書『ブランディングの科学』(原題『How Brands Grow: What Marketers Don't Know』)は、世界中で大きな反響を呼びました。
シャープの研究の中心は、ブランドがどのように成長するのか「ブランド成長の法則」を科学的に解明することです。彼は、実証データに基づいて、従来のマーケティングで信じられてきた多くのことが誤りであることを示し、ブランド成長の法則を提唱しました。
シャープは、以下のような主張を展開しています。
1. メンタル・アベイラビリティ(心の可用性)とフィジカル・アベイラビリティ(物理的可用性)と市場浸透の重要性
シャープは、ブランド成長の鍵は「メンタル・アベイラビリティ」と「フィジカル・アベイラビリティ」にあると主張し、また「市場浸透」が基本であると主張しています。従来のマーケティングでは、顧客ロイヤルティを高めることが重要視されてきましたが、シャープは、ロイヤルティは結果として生まれるものであり、焦点を当てるべきは市場浸透であると主張しています。より多くの顧客にブランドを知ってもらい、試してもらうことが重要です。そのため、ターゲティングを絞り込むのではなく、幅広い顧客にリーチするマスマーケティングが有効であるとしています。
メンタル・アベイラビリティ: 消費者が特定の購買状況でブランドを思い出す確率。言い換えれば、ブランドが消費者の頭の中にどれだけ存在しているか。
フィジカル・アベイラビリティ: 消費者が実際にブランドを購入できるかどうか。店舗での品揃え、オンラインでの購入可能性など。

2. ダブル・ジョパディの法則
しかし、市場シェアの小さいブランドは「浸透率(顧客数)が低い」「購買頻度も低い」という二重の不利を抱えているという「ダブル・ジョパディの法則」があるとも主張しています。つまり、売上が低いブランドは、顧客数も少なく、かつ既存顧客のリピート率も低いということです。この法則は、多くの市場で観察されており、シャープの理論の根幹をなしています。
3.カテゴリーエントリーポイント(CEP)
カテゴリーエントリーポイント(CEP)とは、消費者が特定の状況やニーズに直面した際に、特定のカテゴリーやブランドを連想するきっかけとなるものです。簡単に言えば、「〇〇といえば△△」という連想の「〇〇」の部分がCEPです。例えば、「喉が渇いたとき」という状況は「清涼飲料水」というCEPとなり、さらに「コカ・コーラ」などの特定のブランドを想起するきっかけとなります。シャープは、消費者の購買行動は熟考された意思決定ではなく、習慣的な行動であることが多いと主張しています。そのため、消費者が特定の状況に遭遇した際に、自社ブランドを想起してもらうことが非常に重要になります。CEPは、まさにその想起の入り口となる役割を果たします。
CEPの重要性は、以下の点に集約できます。
メンタル・アベイラビリティの向上: CEPは、ブランドが消費者の頭の中にどれだけ存在しているか(メンタル・アベイラビリティ)を高めるための重要な要素です。多くのCEPと結びついているブランドほど、様々な状況で想起されやすくなり、購買機会が増加します。購買機会の増加: 消費者が特定の状況に遭遇した際に、自社ブランドが想起されれば、購買につながる可能性が高まります。多くのCEPを持つことは、それだけ多くの購買機会を獲得することにつながります。
広告・マーケティングの効果最大化: 広告やマーケティング活動は、CEPとブランドを結びつけることで、より効果を発揮します。例えば、「喉が渇いたときには〇〇」という広告は、「喉が渇いた」というCEPとブランドを結びつけることで、消費者の想起を促し、購買行動に影響を与えます。
市場シェア拡大への貢献: より多くのCEPを獲得し、メンタル・アベイラビリティを高めることは、市場シェアの拡大に貢献します。シャープは、市場浸透がブランド成長の基本であると主張しており、CEPはそのための重要な手段となります。
ダブル・ジェパディの克服: 市場シェアの小さいブランドは、顧客数も少なく、購買頻度も低いという二重の不利(ダブル・ジェパディ)を抱えています。CEPを増やすことで、より多くの顧客に想起される機会を増やし、この不利を克服することが期待できます。
CEPの例
「暑い日」→「アイスクリーム」「冷たい飲み物」
「運動後」→「スポーツドリンク」「プロテイン」
「映画鑑賞中」→「ポップコーン」「コーラ」
「お風呂上がり」→「牛乳」「乳酸菌飲料」
特定の状況、ニーズ、感情、行動など、様々な要素と結びついてCEPとなり得ます。

シャープの代表的な著書
ブランディングの科学
まだ会員登録されていない方へ
会員になると、既読やブックマーク(また読みたい記事)の管理ができます。今後、会員限定記事も予定しています。登録は無料です