2-3-41:iPhoneのカスタマーダイナミクスと顧客戦略:誰に何を提案してきたか?

顧客起点マーケティング 経営とマーケティングの理解
iPhoneは、顧客ニーズに応じた多機能と価値を愚直に追求しています。さらに外部技術も活用しながら、顧客中心の戦略を継続的に展開している点が強みです。
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iPhoneは誰に何を提案してきたか? 2007年からの変遷

ではiPhone は2006年以降、それまでの携帯電話が取り込んでこなかった様々な顧客層を、それぞれに対するプロダクト便益と独自性でどのように獲得していったのでしょうか。その主要なプロダクト提案を振り返ります。

■2007年 音楽が聴ける電話の拡大

導入初期の1年は、狙い通り「iPodの音楽再生が可能な電話」としての便益と独自性に価値を見いだす顧客層を中心に取り込んでいきます。ただしこの時点では、携帯電話ユーザーの大部分は、iPhoneを「値段の高い、特殊な、iPodの延長にある音楽好き向けのプロダクト」として見ていました。つまり、電話機能に付加されたiPod音楽再生に強い興味がなければ、既存の携帯電話で十分だと考えていたのです。その意味で、当初の計画の携帯電話出荷数の1%という目標は、野心的ながらも合理的だったといえます。

iPhoneの戦略が、異なる複数の顧客ニーズを視野に入れて、異なる顧客層ごとに機能開発と実装を進めることだったと分かるのが、この後の展開です。

■2008年 AppStoreの導入

2代目となる2008年のiPhone 3Gでは、多様な顧客ニーズを取り込むことを可能にするアプリストア(App Store)が、Apple以外の第三者が作成した500種のアプリとともに導入されました。これが後に、ゲームや音楽やデジカメだけでなく、動画やニュース、SNSなどありとあらゆる情報やエンターテインメントを取り込んでいく入り口になります。まさに電話の再発明への機能実装でした。これによって、Appleは自らのリソースや強みでは実現できない価値の創出を、第三者の力を借りて提案できる状態になったのです。

■2009年~  課金によるアプリ産業の発展

2009年には、アプリ内での課金機能が導入され、アプリ開発者が多額の報酬を得られるようになります。iPhoneは当初の電話の再発明を実現し、文字通り「スマートフォン」を生み出し、世界中の様々な開発者から様々なアイデアを取り込む「アプリ産業」を生み出し、Twitter(現X)、Facebook に始まり、後のInstagram、Uberなどの事業が確立する一助になりました。Amazonすら、この入り口を使わざるを得ません。

iPhoneの独自性の一部でもあった、自社の音楽再生機能のiPod機能(後のApple Music)にすらこだわらず、後に競合となるSpotifyやAmazon MusicにもiPhoneでのサービスを可能とし、顧客への価値提案を優先するプラットフォームになりました。ソニーでさえ、過去にビデオ録画技術やデジタルの音楽配信で自社フォーマットにこだわりすぎて停滞したように、多くの企業が顧客にとっての価値創出を自社技術の制約で妥協してきました。Appleは、iPhoneにおいてその選択をせず、他社の力を使って顧客への価値最大化を実現しながら、収益の一部を得るというアプリストアを拡大したのです。まさにこれは、顧客起点での大発明だといえます。

2010年のiPhone 4までには、それまではなかったコピー&ペースト機能、複数アプリを動かすマルチタスク機能、解像度の高いRetinaディスプレイなどを実装し、PCとの併用を促進し始めました。 

■2012年~  廉価版による顧客層拡大

2012年のiPhone 5までの高速化、グラフィック機能やカメラ性能の強化、バッテリー機能の強化、様々なセンサーの搭載で、それまで異なるカテゴリーに存在していた多様なニーズと顧客を取り込むスマートフォン提案は完成していたといえます。2007年のiPhone発表時に視野に入れていた、携帯電話、音楽(MP3プレーヤー)、PC、ゲーム、デジタルカメラの顧客それぞれに顧客戦略を設定する意味が薄れてきています。

この年に、iPhoneは顧客戦略の大きな転換を行っていることが見て取れます。iPhoneの大成功で、競合参入が激しくなり、各社がiPhoneと同質的な機能追随かつ価格競争を仕掛けてきました。結果として「iPhoneは高機能だが高い」とのイメージが強まりつつありました。そこで翌年iPhone 5cという、機能を制限して嗜好性の高い5色のカラーバリエーションを加えた廉価版を投入し、新たな顧客戦略を開始しました。

この狙いは、大きく成功しました。以降の商品展開は、①PCなどでの仕事の延長で使えるビジネス関連の便益、②音楽・映像・SNSなどのエンタメ便益、③エントリー層への機能と価格バランス便益、の3つの顧客戦略(WHO&WHAT)が軸となっています。

iPhone 5c の発売時、ティム・クック氏は「低価格の電話を売ることを目標にしたつもりはない」と述べました。これはiPhoneが目指していた顧客戦略を理解する上で、非常に重要なコメントです。エントリー層(WHO)へのプロダクト提案は、この層にとって必要十分に絞り込んだ高機能便益をそれに見合う価格で提供しただけであって、競合が仕掛けている低価格に見合う低機能提案ではないのです。iPhone 6 以降、2021年のiPhone 12、iPhone 13での商品構成を見れば、それは明らかです。

■2015年 金融など、新たな顧客戦略

前述の①②③の主たる顧客戦略が、大きくiPhoneの事業を伸長させ、年間2億3,000万台以上の販売を支えています。同時に、今後新たな大規模投資の対象となる顧客戦略の兆しも見えています。

2014年のiPhone 6での、Apple Payの実装(日本では2016年から)も同様です。目先のペイメントだけでなく、金融関連カテゴリー全体を見据えたプロダクト開発を目指した顧客戦略を模索しているのは間違いないでしょう。

■2015~2021年 ウェアラブルデバイスの浸透

さらに、iPhoneと連動するウェアラブルデバイスが拡大していきます。Apple Watchは2015年から、AirPodsは2016年から発売されましたが、ウェアラブルデバイス全体で2021年に1億台以上販売する予測が同年内に出されていました。販売台数で見るとiPhoneの販売台数の約40%に相当し、年間300億ドルのビジネスとなります。今後さらに、AR/VRヘッドセットやメガネを導入し、物理的世界をスマートフォン内に取り込んでいくのは確実です。

iPhoneは発売から15年程度で、当初の電話の再発明から大きく変化しています。電話、音楽プレーヤー、ビジネスコンピューター、カメラ、GPS端末ナビ、動画プレーヤー、コミュニケーションツール、旅行計画ツール、出会いツール、カーナビ連携、決済ツール、時計、ヘッドフォン……生活に関する機能便益の多くを、iPhoneは今カバーしています。2007年1月9日の「MacWorld」で、スティーブ・ジョブズ氏のプレゼンスライドに入っていた全カテゴリー(ニーズ)が再定義され、すべてiPhoneに入っているのです。

愚直を極めた顧客起点の戦略構築

これらの一連が、スティーブ・ジョブズ氏という天才のなせる技だと結論付けるのは簡単ですが、2011年にジョブズ氏が亡くなった後も続くiPhone の強さは何でしょうか? さらに、iPhoneに実装されてきた部品や技術の大部分は自社開発ではなく外部調達であるとの事実は、どう見ればよいでしょうか? 自社技術があるからプロダクトを出しているのではありません。顧客起点で顧客への価値創造が社内に根付いているからこそ、そのために必要な技術やパートナーを外部からも調達しているのです。

成長初期段階におけるiPhoneのカスタマーダイナミクスと主な顧客戦略の推測を、次のように図にまとめました。iPhone誕生から2021年までの変遷を一つひとつ、顧客とプロダクト提案の関係で読み解いて分かるのは、Appleの強みは顧客の潜在ニーズと顕在ニーズを大きなTAMとして捉えて、価値となる便益と独自性を愚直にプロダクトに実装し、開発し、第三者も巻き込んで、顧客に提案し続けていることです。それは、単純に顧客が口にする明らかなニーズに応えるマーケットインでも、事業主が創りたい機能を提供するプロダクトアウトでもありません。顧客が価値を見いだすかどうかに判断軸があるのです。

同社は「顧客が、その生活において、大きな価値を見いだす便益と独自性は何か? それを提供できるプロダクトは何か?」を真摯に考え、開発し、提供してきたと断言できます。言い換えるとそれは、顧客に自社プロダクトが提案しうる便益と独自性を考え、顧客が価値を見いだせる便益と独自性の組み合わせを時系列で構築しているのです。この愚直を極めた顧客起点の戦略構築がジョブズ氏のいないAppleで実践されている事実を見れば、多くの企業においても、その本質は実装可能であると確信します。

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《西口一希》

経営とマーケティングの理解