
電話の再発明からスタートしたiPhone
次に、Amazon同様に、その誕生から現在までを筆者が観察できたiPhoneを、複数の顧客戦略(WHO&WHAT)を活用して圧倒的な成長を遂げた例として取り上げてみます。iPhoneは、顧客に提供しうる価値を最大化するために、自社の能力だけでなく第三者の能力を活用して圧倒的な成長を実現しています。
iPhoneは、誕生からわずか15年で世界的なプロダクトになりました。しかしAppleは秘密主義を貫いており、将来的な計画などはほとんど公開せず、新商品や新事業も公式発表会でしか明かされていません。ただ、歴史をひも解くことで、どんな目的でどんな戦略を展開したかを理解することができます。
Appleが、顧客戦略(WHO&WHAT)という言葉を使っていたとは思いませんが、ここまでの変遷を見れば、決して単一の顧客戦略を想定していたわけではないことが分かります。iPhoneというプロダクトの導入と育成に関して、当初から複数の顧客層と便益・独自性の組み合わせ戦略を土台に、商品開発、機能開発、アップグレード、ラインアップの拡張を行ってきたことは明らかです。それはこの業界にありがちな、総花的な機能提案型のプロダクトアウトの事業ではありません。
iPhoneを世界的なプロダクトに押し上げ、スマートフォンで世界を変えた戦略の起点は、2007年1月9日の「MacWorld」でのスティーブ・ジョブズ氏のプレゼンテーションの中に見ることができます。ジョブズ氏は、iPod、Phone、インターネットが一緒になった「電話の再発明」としてiPhoneを紹介しました。インターネットの機能として紹介されたのは、メール機能、Google Map(GPS機能はなかった)、天気予報程度で、この時点では「電話とiPodの音楽再生が一緒になった」ことがジョブズ氏の主たる訴求でした。
そしてプレゼンテーション後半で、iPhoneの販売目標として「携帯電話の2006年時点での世界販売台数9億5,700万台の1%にあたる、1千万台を2008年に販売する」と発表しています。実際に宣言通り、iPhoneは2007年に330万台、2008年に1,141万台を販売し、目標を達成しています。これ自体すごいことなのですが、振り返ると発表スライドの1枚目にあった各カテゴリーの市場規模を比較したグラフに、当時ジョブズ氏が見据えていたTAMと初期の顧客戦略であるiPhoneと顧客の関係(WHO&WHAT)が見て取れます。

iPhoneのプロダクト提案から顧客戦略を読み解く
このスライドには、2006年の世界販売台数として携帯電話の9億5,700万台と同時に、ゲーム機2,600万台、デジタルカメラ9,400万台、MP3プレーヤー(デジタル音楽再生機)1億3,500万台、PC2億900万台が掲載されており、ジョブズ氏は「携帯電話は圧倒的に多いから成長余地がある」としています。この直後に、Apple Computer, Inc.という社名からComputerを外し、Apple, Inc.となる社名変更の発表が続きます。コンピューターはTAMではなくなったということです。
この時点で、TAMは当時の10億台の携帯電話を所有している顧客だと確認できますし、この時期に2桁伸長していましたので、数年後には
20億、遠くない将来には30億となる巨大なTAMが視野にあったということでしょう。
2021年に2億3,790万台を販売するまで成長したiPhoneの機能投入、新商品、新サービスの歴史を振り返れば、2007年の時点で、このスライドにあるすべてのカテゴリーを視野に入れて、それぞれのニーズに対するiPhone機能開発の顧客戦略が存在していたことが分かります。
Amazonが、流通可能なすべての商品やサービスの顧客をTAMとして捉え、その最初のカテゴリーとして浸透率が高く最も顧客数が多い書籍を選んだ事実と、ジョブズ氏がゲーム、デジタルカメラ、MP3プレーヤーとPCの顧客を取り込むべく、顧客数の最も高い電話を選んだ事実は同じ発想によるものです。iPhoneを電話として投入して多くの顧客を獲得し、その単価と使用頻度、購買頻度を最大化したといえます。違いは、外部の力の利用にあったと考えられます。
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