2-3-38:Amazonのカスタマーダイナミクスと顧客戦略:異なる顧客層を次々と獲得

顧客起点マーケティング 経営とマーケティングの理解
Amazonは、まず書籍を入り口として潜在的なロイヤル顧客を獲得しました。その後、他カテゴリーへと展開することで事業拡大と顧客のロイヤル化を実現する戦略を採用しました。
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異なる顧客層を次々と獲得してきたAmazon

TAM顧客数を戦略的に捉え直し、継続的に事業拡大を実現している事例としてAmazonを考察します。Amazonは、言葉は違えど明確な最大マーケット(TAM)を定義し、そのカスタマーダイナミクスと顧客を徹底的に理解して、顧客戦略をうまく活用している企業だと考えられます。

ジェフ・ベゾス氏の書籍『Invent & Wander』(ダイヤモンド社)によると、創業のきっかけは1994年当時、年率2300%で成長しているインターネットを見て「カタログによる通信販売のデジタル版」のようなものを創りたいという構想だったそうです。

米国のカタログ販売の歴史は長く、生鮮食品以外はほとんど扱われていたので、この構想はすなわち「カタログ販売や物理的な小売店で販売可能な商品とサービスすべて」をTAMとして選択することであり、カタログや小売店を代替することでもありました。恐ろしく巨大なターゲット定義ですが、後から見れば、この巨大なTAMに対して、最初に選んだ顧客戦略が投資対効果を最大化するカスタマーダイナミクスを作り上げたといえます。

Amazonの立ち上げにおいて、ベゾス氏はオンラインで扱える20カテゴリーの商品のリストを作成し、マーケットの需要や価格性、商品のバラエティなどを加味して最初に扱うカテゴリー候補を音楽CD、PC本体、PCソフト、ビデオ、書籍の5つに絞った上で、書籍を選定しています。最初の顧客戦略は「書籍を買う顧客(WHO)」&「あらゆる書籍が書店に行かずに手に入ること(WHAT)」です。当時、市場の一般向けの書籍はおよそ200万タイトルあったため、さすがにすべてはそろえられずにオーダーごとに在庫を用意していたようですが、多くの顧客が高い価値を見いだしました。そして顧客数を急速に伸ばし、1997年にはNASDAQに上場、赤字のまま書籍販売の拡大を継続しつつ、音楽CD、PC本体、PCソフト、ビデオへとカテゴリーを拡大していきました。

書籍のEC体験で「潜在的なロイヤル化顧客」を最大化

書籍を選んだことが鍵だったと言える理由は、書籍を読む顧客数が他のカテゴリーに比べて最も大きかったからです。雑誌やマンガ、写真集なども含めて、書籍は老若男女や地域性などにかかわらず、国民のほとんどが対象となる浸透率の高いカテゴリーです。この巨大な顧客層に安価で便利な書籍販売を通じて、心理的なハードルの高いインターネット販売へのID登録とネット決済という面倒な初めての体験をしてもらい、ネット販売(EC)は便利であるという便益の認知を勝ち取ったことが重要なのです。

その結果、あらゆる商品とサービスの販売という巨大なカスタマーダイナミクスへの入り口が開いた、すなわち「潜在的なロイヤル化顧客」を最大化したのだと読み解けます。端的に言えば、長年の赤字を土台に、ネット販売(EC)の価値(便益と独自性)をAmazonの価値として、書籍販売を通じて多数の顧客に広げたのです。

ネットでの書籍購入体験を通し、ECに対して「潜在的なロイヤル化顧客」となった層に他のカテゴリー商品を販売するのは、そうでないEC未体験の顧客に販売するよりもはるかに容易です。

その後に展開した音楽CD、PC本体、PCソフト、ビデオは、それぞれ「すでにAmazonで書籍購入経験がある顧客で潜在的なEC顧客」をWHOとして提案しており、「潜在的なロイヤル化顧客」からの売上の単価と頻度を継続的に向上させています。つまり、書籍で「潜在的なロイヤル化顧客」を獲得し、その顧客に他のカテゴリー商品やサービスを届けて、クロスセルで単価と頻度を向上させ続ける……といったカスタマーダイナミクスを作り上げたのです。

最初の顧客戦略が音楽好きの顧客へのCD提案であれば、その後のAmazonの投資対効果は低くなります。書籍を購入する層の中に音楽CDを購入する層は多いですが、その逆は小さいからです。もし、200万タイトルもある書籍を選ばず、もっと小さなカテゴリーから始めるほうが容易だからと異なるカテゴリーを選んでいたら、今のAmazonは存在し得なかったでしょう。

トイザらスのおもちゃEC、靴のザッポスなど、特定カテゴリーのECが最終的にAmazonに勝てなかった理由は、最初の顧客基盤をどのカテゴリーで作るかの違いにあったといえます。各カテゴリー購入者の関係を次の図のように概念的なベン図で描けば、意味合いは明確です。

Amazonの成功の中でよく語られる、購入データを使った個別提案(レコメンデーション機能)は、書籍の購入者を第一のWHOとし、その中から音楽CDの購入者、電化製品の購入者、といった形でWHOを絞り込んでいく顧客戦略にひも付けることで、投資対効果を最大化しているのです。最初のECでの購入体験を、書籍というおよそECで購入する商品として最大の顧客数がいるであろうカテゴリーを通じて獲得したことが、分岐点だったといえます。そう考えると、Amazonが、利益性がなかった電子書籍のKindleを早くから投入し投資を続けた理由も理解できます。

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《西口一希》

経営とマーケティングの理解