
顧客理解に関する実態調査
補足として、このような顧客理解の実態に関して、2021年4月に実施した調査を紹介します。企業への9segsメソッド導入を支援するM-Force社にて、同社および同社パートナーの7人のコンサルタントが過去に関わった計145の事業についての調査です。

各質問とその意図を解説していきます。
質問1:対象とするマーケット全体の顧客数は定義されていましたか?(100%シェアを獲得した際の総顧客人数)
質問2:売上目標と顧客との関係は定量的に可視化されていましたか?(売上=顧客数×単価×頻度)
質問1と2は、どのような事業体においても、その成長ポテンシャルと投資対効果を考える上で「最も基本的な顧客理解ができているか」を問うものです。同時に、投資家も重要視する要件です。
質問1の、対象とするマーケット全体の顧客数の定義とは、基礎編でも解説した「TAM(Total Addressable Market)顧客数」のことです。その事業において獲得しうる全体の潜在顧客が何人いるか、BtoBであればマーケット全体でクライアント数が何社になるかなど、プロダクトの総需要(総市場)を支える顧客の数を指します。
例えば、全国規模で営む通販スキンケア事業のマーケット全体を20代女性と定義すると、その事業が100%シェアを獲得した場合、理論上は総務省人口推計の20代女性の人数がTAM顧客数になります。BtoBで考えると、機械メーカー向けに金属加工の事業を営んでいる会社が、自社の商圏を「100㎞圏内の機械製造メーカー」と定義すれば、100%シェアを獲得した場合、経済産業省や商工会議所のデータからおよその数も名前も特定できます。それが300社であれば、TAM顧客数は300になります。
投資を行って利益を上げるビジネスにおいて、どのマーケットで事業を行うか、その総需要の定義は欠かせません。しかし、実施しているのはスタートアップでも35%、日系企業においては15%の低い数字に留まりました。この定義がないということは、売上やシェアの向上を目的としつつも、どこまでが獲得可能なのか分からない状態で経営が行われているということです。
また質問2は、売上と顧客の関係を見るために、売上を構成する最も基本的な式として「売上=顧客数×単価×頻度」の3要素に分解し、それぞれを数字で可視化しているかを聞いています。質問1でのマーケット全体の顧客数は定義されていなくても、自社の顧客数は把握できるはずですが、実際に把握していた企業は日系で43%程度でした。つまり残りの57%程度、調査対象の日本企業の半分以上が、自社の売上を作っている顧客数すら可視化していないということです。仮に自社プロダクトの売上が10億円だとしても、その顧客数が千人なのか1万人なのかも把握しておらず、社内で共通の意識統一がされていません。
5つすべてを実施していたのは1社のみ
質問3:現在顧客と離反顧客を分ける基準は定義されていましたか?
質問4:対象とする顧客セグメントは設定され、定量的に可視化された上で、部署をまたいで合意されていましたか?
質問5:顧客に価値を与える主要な便益は定義され、部署をまたいで合意されていましたか?
質問3、4、5は、組織内部に一貫した優先順位と整合性を生み出すための要件です。顧客を分類する基準がなく共有もされていなければ、自社プロダクトを継続購入する、いわゆるロイヤル顧客をどう増やしていくか、離反理由はどういったことで、商品やサービスの改良や強化をどうすべきか、分析することも議論することもできません。その深刻度を察知することもできないのです。
この場合、顧客をロイヤル化するために活動する営業やカスタマーサービスの仕事と、プロダクトを生み出す開発や製造、それを販売するマーケティングなどの活動には共通する顧客像がなく、連動性も生まれません。それぞれの部門や担当者が、共通する顧客の理解がないまま、それぞれの判断で各部門の作業を行うことになります。これでは、組織の縦割り化は避けられません。質問4の部署をまたいだ顧客セグメントの合意に関して、日系企業で0%となっている結果は象徴的です。
調査対象である145事業中、5つすべてを実施していたのは、グローバルに展開する外資系の飲食チェーンの1社のみでした。スタートアップは、投資家に重要視される質問1と2に関しては比較的高いものの、質問3以降は低い結果となりました。
この調査結果から、多くの事業において顧客が十分に理解できておらず、組織全体が一丸となって顧客に向き合える状態にないという実態が浮き彫りになりました。つまり、組織全体で顧客は誰かが見えていない状態であり、どれだけ顧客の大切さを組織内で語っても、経営は顧客を見失うことになるのです。
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