
TAM顧客数――顧客を定義し、人数を把握する
ここから、事業を成長させる顧客戦略を構築するために、どのように不特定多数(マス)を分類すればよいか、最も基本的な分類「5segs(ファイブセグズ)」を解説します。前提となる顧客の定義「TAM」の特定を含めて、前シリーズ「ビジネス構造の理解」で紹介した内容ですが、ここでは「顧客の多様性を理解する」意図のもとに経営視点でひも解きます。前シリーズを学んだ方は振り返りとして役立ててください。
まず着手すべきは、自社プロダクトが対象とするマーケット全体の顧客分類です。マーケットを定義し、顧客を適切にセグメントして、その多様性を把握します。
一連のプロセスで最初に行うのは、自社プロダクトが対象とするマーケット自体を定義することです。ここでいう「対象とする全体の顧客数」は、現在購入していただいている方だけではありません。自社プロダクトの現在の顧客はもちろん、将来的に顧客になっていただきたいが今は自社プロダクトを認知もしていない、潜在顧客も含めたマーケット全体の顧客数を指します。
スタートアップ領域では、マーケットを把握するために「TAM(Total Addressable Market)」と呼ぶマーケット全体の売上を使いますが、ここで使うのは売上ではなく顧客数です。以下、当該プロダクトが100%シェアを獲得した場合の顧客の総人数を「TAM顧客数」と表します。
売上ではなく顧客数を使う理由は、顧客起点を徹底して、無駄な投資を避けるためです。売上は「顧客数」×「単価」×「頻度」ですが、単価と頻度を決めるのは顧客です。つまり、単価や頻度を上げて売上を伸ばすには、結局、その顧客の心理と行動を変えるしかないのです。
優良顧客は単価や頻度が高く、一過性の顧客は低くなります。つまり掛け算の結果としての売上だけを見ていては、自社プロダクトが生み出している顧客への価値が見えなくなります。財務諸表の数字の改善を最優先する経営において、顧客がブラックボックス化する理由と同じです。売上としてのTAMを追いかけるだけでは、組織は顧客から意識が離れていきます。
TAM顧客数を試算する方法
自社内にデータがまったくない場合でも、TAM顧客数のおおまかな試算は可能です。例えば「①18歳‐69歳の女性すべて」を対象とする基礎化粧品の場合、総務省の人口推計を参照してその人数が4千万人であったら、そのプロダクトのTAM顧客数は「4千万人」になります。仮にその基礎化粧品がシェア100%を獲得した場合、その顧客数は4千万人です。
年齢層が同じでも、対象とする顧客の定義が「②基礎化粧品の使用習慣があり『自分は敏感肌だ』と思う人」あるいは「③シミやシワの改善を強く望む人」などの場合、TAM顧客数はもっと絞られます。その際は、ネット検索で入手できる参考文献を使うか、簡単なネットアンケート調査を通して当該年齢層における②や③の割合を確認し、4千万人にその割合を掛けることで算出できます。
仮に「敏感肌だ」と思う人が2割いたなら、②の顧客の総数は4千万×0.2=800万人になります。性別や年齢によらない、価値観などの軸で顧客を定義する場合も、その顧客層の一般生活者における出現率を調査で把握すれば、およその人数を推計できます。こういった情報は、BtoBの分野でも、ネットで検索すれば見つかりますので、最初は精度を気にしすぎずに、まずTAM顧客数を定義してみましょう。
なぜ顧客の定義とTAM顧客数の把握が必要かというと、①や②や③のように対象をどう定義するかによって、将来的な見込み売上や顧客数、競合となるプロダクト、そして顧客心理がまったく異なるからです。当然、経営として取るべき「戦略」も異なります。
ここで、顧客をどう定義するかには正解はありません。事業主として、どこで価値を創りたいのかという経営意思の問題です。仮に、もともとは「敏感肌の人」を対象にしていたものの、実際には「異なる顧客層」に多く購入されている場合、経営意思と現実がずれているので、投資対象を見直す必要があります。もしくは、実際に購入している「異なる顧客層」に、より大きな成長の可能性を見いだして対象とする顧客を変更するならば、経営意思として「対象とする顧客」の定義を書き換えて、改めてTAM顧客数を算出すればよいのです。TAMの定義の拡大は、顧客の創造そのものです。
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