5-1-7:神話の検証⑥ Appleのデザイン ー 売れたiMacと消えたG4 Cube

世界一のブランド解説 Apple
スティーブ・ジョブズの復帰後、iMacは成功を収めましたが、Power Mac G4 Cubeはデザインと技術が評価を集めながらも商業的には失敗しました。優れたデザインであっても、顧客の需要を考慮した戦略が重要なのです。
5-1-7:神話の検証⑥ Appleのデザイン ー 売れたiMacと消えたG4 Cube
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斬新なデザインで注目を集めた「iMac」

1997年、スティーブ・ジョブズがAppleに復帰し、暫定CEO(iCEO)として会社の再建に乗り出しました。「Think Different」といったマーケティングキャンペーンを始めつつ、その最初のプロダクトとして1998年に発表されたのが「iMac」です。当時のパソコン市場は様々なメーカーが参入して複雑化が進み、ビジネスユースが主導する中で一般ユーザーにとって敷居が高くなっていましたが、ジョブズはこの状況を打破し、誰でも使いやすいパソコンを提供しようとしました。

iMacは、後にAppleの象徴的なデザイナーとなったジョナサン・アイブが責任者として手がけたものです。ディスプレイ、スピーカー、電源を一体化したオールインワン設計で、電源とインターネットのケーブルだけで動作するシンプルな構造を採用しました。15インチのディスプレイとロジックボードは、半透明のボンダイブルーのプラスチックケースに収められ、その斬新なデザインは市場で大きな注目を集めました。また、従来のパソコンで使われていたADB端子やSCSI端子、シリアルポートを廃止し、USB端子を標準装備することで、使いやすさと拡張性を両立しています。

ジョナサン・アイブは、実はジョブズ不在期の1992年にAppleに入社していますが、ジョブズ復帰後のプロダクトで彼は有名になりました。iMacは1998年8月15日の発売から年末までに80万台以上を販売し、Appleにとって大成功となりました。この成功により、Appleは1995年以来初の黒字を達成し、倒産寸前だった状況からの復活を果たしたのです。

過剰在庫となってしまった「Power Mac G4 Cube」

iMacの成功に続いて、1999年にAppleは「iBook」を発表し、コンシューマー向けノートパソコン市場に進出しました。iBookはカラフルなデザインと使いやすさで人気を博し、同年の最終四半期にはアメリカで最も売れたノートパソコンとなりました。また、同年に「Power Macintosh G3 (Blue & White)」や、PowerPC G4プロセッサを搭載した「Power Mac G4」が登場し、プロフェッショナル市場でも高い評価を得ました。これらは、新しいAppleの象徴としてすべてジョナサン・アイブがデザインの指揮をとったもので、それまでのビジネスライクなデザインから一線を画した画期的なデザインでした。

これらの成功に続いて登場したPower Mac G4 Cubeのデザインは、Apple史上最高とも言われ、2000年7月19日、Macworld Expoで大々的にスティーブ・ジョブズによって発表されました。G4 Cubeは、高性能かつ視覚的に美しいコンピューターをコンパクトな形で提供しようとする、Appleの野心的な試みでした。透明なアクリル外装とミニマリストなデザインは、Appleの美学と革新性を示しており、デザインを重視するクリエイティブな専門家をターゲットにしていました。

Power Mac G4 Cube


発売前、ジョブズはデザインテーマであるCube(氷)にかけて「史上最高にクールなコンピューターをつくったんだ」「息をのむほど美しい」とプレゼンし、また誰が買うのかという質問に対して、「大勢のプロフェッショナルがいる。デザイナーはひとり残らず買うことになるだろう」と答え、「数百万台は売れる」と豪語したそうです。

しかしG4 Cubeはその革新的なデザインにもかかわらず、商業的には失敗しました。G4 Cubeを大量陳列していた小売業者は過剰在庫で溢れかえりました。 2001年2月、Appleは500MHzモデルの価格を下げ、新しいメモリ、ハードドライブ、およびグラフィックスオプションを追加しましたが、売上は引き続き減少しました。

デザインの秀逸性だけでは受け入れられない

価格だけでなく、G4Cubeは他の問題にも悩まされていました。射出成形というプラスチック加工プロセスによって本体に傷が生じ、それ自体は機能に影響しないものの、美しさやデザイン性を主な魅力と捉えていた潜在的なバイヤーを捉えることができず、魅力を感じるはずだと思われたデザイナーやウェブ制作者たちの間で流行することもありませんでした。また、拡張性が制限されていたこと、そして静音性を追求したファンレス設計が過熱問題を引き起こしました。

G4 CubeはAppleにとって大きな痛手となり、2001年7月、Appleはこの製品の製造を「無期限に停止」することを発表しました。スティーブ・ジョブズは、Cubeのデザインとコンセプトに強い愛着を持っていたものの、製品が市場で受け入れられなかった現実を受け入れ、製造を停止するという決断を下したのです。結局、G4 Cubeは姿を消していったのですが、それはジョナサン・アイブがG4 Cubeのデザインで国際的な賞をいくつも獲得してからのことでした。

現在もG4 Cubeとその特徴的なハーマンカードン透明スピーカーは、ニューヨーク近代美術館でコレクションの一部として所蔵されています。商業的には失敗しましたが、そのデザインと技術は、後に成功を収める「Mac mini」や「iMac G4」に受け継がれ、静電容量式タッチ技術は「iPod」や「iPhone」にも採用されました。また、G4 Cubeの透明な外装や垂直方向の熱設計は、後に登場する「Mac Pro」にも反映されることとなりました。

Appleのデザインは重要です。その後のAppleの大成功に貢献している、重要な「Dots(点)」のひとつであることに間違いはありません。しかしながら、このiMacとG4 Cubeの事例からも明らかなように、Appleは圧倒的に優れたプロダクトとデザインの組み合わせで成功しているのが事実で、単純にデザインの秀逸性を取り上げて、製品と切り離してAppleの成功要因として捉えるのは適切ではありません。顧客が買う理由は何なのかを考え抜いて、様々な「Dots(点)」をつなぐことで、Appleは成長し続けているのです。

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《西口一希》

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