
1997年にジョブズが復帰した後のAppleはPC市場で業績低迷が続いており、それを打破するために、デジタルミュージック市場への進出を決断しました。その中心となったのがiPodとiTunesでした。当時のMacの市場シェアは3%以下にまで低下していました。Windows PCが市場を支配し、Appleは「クリエイター向けの高価格なPCを販売するニッチなブランド」としての立ち位置に追い込まれていました。
スティーブ・ジョブズは、Appleの成長戦略として、PC市場に依存せず、新たな分野への進出を模索しました。彼が目をつけたのが、当時急成長していたMP3プレイヤー市場でした。この市場にはすでにRioやCreativeのNomadといったMP3プレイヤーが存在していましたが、これらのデバイスは使い勝手が悪く、ユーザーが手軽に音楽を管理できるものではありませんでした。
そこで「PCを音楽の中心にする」というコンセプトを打ち出し、デバイス(iPod)・ソフトウェア(iTunes)・コンテンツ(iTunes Music Store)を統合したエコシステムを構築することを目指しました。この時点では、まだPCを中心に考えていたことが注目すべき事実です。
iPodの開発
iPodの開発は、後のAppleのデザイン全体を主導することになるジョニー・アイブ(Jony Ive)が担当し、ハードウェアエンジニアのトニー・ファデル(Tony Fadell)が主導しました。ファデルは、Apple入社前にMP3プレイヤーの開発経験があり、ファデル自身も「ポータブルミュージックの未来は、デバイスだけでなく、PCとの連携が不可欠だ」確信していました。
Appleは、iPodを以下の特徴を持つ製品として設計し、2001年10月23日、「1000曲をポケットに」というキャッチフレーズとともにiPodを発表しました。
クリックホイールの採用:直感的に操作できるUIを搭載。ユーザーが指をスライドさせるだけで曲を選択できる。
高速なデータ転送:FireWireを採用し、MP3の転送速度を飛躍的に向上。
美しいデザイン:白を基調としたシンプルで洗練されたデザイン。
大容量ストレージ:当時のMP3プレイヤーよりも多くの曲を保存できるハードドライブを搭載。
iTunesの開発
一方で、iTunesの開発は、Appleのソフトウェアエンジニアであるジェフ・ロビン(Jeff Robbin)が主導しました。iTunesの原型は、Casady & Greene社が開発した「SoundJam MP」というMP3プレイヤーソフトウェアであり、Appleはこのソフトウェアを買収し、Apple独自のユーザーインターフェースに改良しました。2001年にリリースされたiTunes 1.0は、CDのリッピング機能、プレイリスト作成、MP3の管理機能を搭載し、音楽管理の革命をもたらしました。iPodとのシームレスな同期を実現し、楽曲の整理・転送が極めて簡単になったことが、Appleの音楽戦略の大きな強みとなりました。
iTunes for Windowsを巡るジョブズとマーケティングチームの攻防
iPodとiTunesが成功した後も、スティーブ・ジョブズは、AppleのエコシステムをMac専用にすることで、Macの販売促進につなげるべきだと考えていました。彼は、「iPodを使いたければMacを買えばいい」と主張し、Appleの製品を統一されたエコシステムの中で提供する戦略を取ろうとしました。しかし、当時のMacの市場シェアは3%以下に過ぎず、iPodの成長をMacユーザーだけに依存するのは明らかに限界があったのです。
当時のAppleのマーケティングチームは、Windows対応なしではiPodが成長できないと強く主張しました。Macの市場シェアが3%しかなく、iPodの売上拡大にはWindowsユーザーの取り込みが不可欠であり、iTunesをWindowsユーザーにも開放すれば、Appleブランドの認知度を大幅に向上させることができる。さらに、MicrosoftやSonyなどがMP3プレイヤー市場に参入し始めており、Appleが市場を押さえるには迅速な拡大が必要であると主張しました。
いつもの如く、ジョブズはWindows対応を強く拒否しましたが、最終的に「WindowsユーザーにiTunesを使わせれば、彼らはMacの優位性を理解するだろう」と考え、2年を経て、2003年にiTunes for Windowsをリリースしました。その結果、iPodの販売は爆発的に増加し、Appleはもはや「ニッチなブランド」ではなく、Windowsユーザーにも受け入れられる世界的なマスブランドへと変貌しました。このWindowsプラットフォームへの進出は、後のiPhoneの普及にも大きく貢献し、Appleを世界1のブランドに導いた大きな決断だったと言えます。
2003年:90万台
2004年:400万台
2005年:2,000万台
2006年:3,900万台
もし、ジョブズがPCであるMacを中心にしたエコシステムという考えに固執して、この決断を下していなければ、Appleはニッチなブランドのままであり、iPhoneの成功もなかったと考えられます。iTunes for Windowsの成功は、後のApp StoreやiCloudのようなプラットフォーム戦略へと発展し、Appleがエコシステムビジネスを確立する基盤となったのです。
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