
1997年、スティーブ・ジョブズがAppleに復帰したとき、同社は経営破綻の危機に瀕していました。市場シェアは急激に低下し、Windows PCが圧倒的なシェアを誇る中で、Appleは時代遅れの製品を抱え、方向性を見失っていました。財務状況も悪化し、1996年には15億ドルの損失を計上し、倒産の可能性すら現実味を帯びていました。
製品ラインナップの整理
ジョブズが行った改革のひとつが、製品ラインナップの整理でした。当時のAppleは、混乱した製品群を抱えており、消費者もどの製品を選べばよいのかわからない状況でした。ジョブズは「フォーカスこそがAppleを救う」と考え、製品を大幅に整理し、コンシューマー向けとプロフェッショナル向けの2×2のマトリックスに再編しました。その中で、最も注力すべきと判断しましたのが、新しいコンシューマー向けデスクトップ、後の「iMac」となる製品でした。
ジョブズは、Appleを復活させるためには、単にスペックを強化するだけでは不十分であり、革新的なデザインとユーザー体験を備えた製品を作る必要があると考えました。そして、Appleのデザインチームを調査する中で、ジョナサン・アイブという才能に目をつけました。アイブは1992年にAppleに入社していましたものの、当時の経営陣には十分に評価されておらず、埋もれた存在になっていました。しかし、ジョブズはアイブのデザイン哲学に共鳴し、「彼こそがAppleの未来を形作る人物だ」と確信しました。
デザインの革新
iMacの開発にあたり、アイブは従来のパソコンの常識を覆すデザインを追求しました。当時のデスクトップPCは、四角い箱型のデザインが主流であり、カラーバリエーションもほとんどがベージュでした。しかし、アイブはこれに挑戦し、トランスルーセント(半透明)なボディと鮮やかなブルー(ボンダイブルー)を採用することを提案しました。ジョブズはこのアイデアを即座に気に入り、「この製品はパソコンではなく、ライフスタイルの一部として存在すべきだ」と強調しました。これにより、iMacは「デザイン性の高い家電製品」として位置付けられ、従来のPCとは異なる市場を開拓することになりました。
技術と機能のシンプル化
デザインだけでなく、iMacは技術面でも革新的な決断がなされました。フロッピーディスクドライブを廃止し、USBポートを標準採用した最初のPCとなり、シンプルでモダンなコンピューティング環境を提供しました。当時、フロッピーディスクはまだ一般的でしたが、ジョブズは「時代遅れの技術にこだわるべきではない」と主張し、USBへの完全移行を決断しました。また、セットアップも簡素化され、「電源とインターネットのケーブルをつなぐだけで使える」というコンセプトが打ち出されました。これにより、初心者でも簡単に使えるパソコンとして市場にアピールされました。
iMacの発表と市場の反応
1998年5月6日、スティーブ・ジョブズはカリフォルニア州クパチーノで開催された発表会で、新しいiMacを公開しました。「この製品は、インターネット時代のために設計されたパソコンです」と語り、インターネット接続の容易さとデザインの美しさを強調しました。特に、透明なボディとカラフルなデザインは、それまでのPCとは一線を画すもので、多くの人々の関心を引きました。
iMacは発売直後に爆発的なヒットを記録し、わずか数ヶ月で80万台以上を販売しました。これは、Appleにとって久々の大成功であり、同社の財務状況を劇的に改善する要因となりました。しかし、iMacの売上が一時的に好調でしたものの、それだけでAppleの長期的な成長を支えることはできませんでした。市場の期待は次第に落ち着き、Appleの売上は再び伸び悩むことになりました。
再び訪れた苦境
実際、1998年にはAppleの年間売上は前年の72億ドルから59億ドルへと減少し、翌1999年も61億ドルと低迷が続きました。2000年には一時的に79億ドルまで回復しましたものの、翌2001年には再び53億ドルへと落ち込み、経営の不安定さが露呈しました。株価も低迷し続け、Appleが本格的に復活するためには、さらなる「次の一手」が求められていました。
iPodへ
この状況を打開しましたのが、2001年に発売されましたiPodを待つことになります。iMacはAppleの復活の象徴であり、ジョブズとアイブのパートナーシップが生み出しました最初の大ヒット製品でした。しかし、それだけではAppleを長期的に成長させることはできませんでした。Appleが真の復活を遂げましたのは、iPodの成功によって、PC市場を超えた新たな市場を切り開きましたからでした。もしジョブズが、iMacの成功だけに満足していましたら、Appleは再び停滞し、現在のような世界的な企業にはなっていなかったでしょう。
まとめ
iMacの成功は、Appleが再び脚光を浴びるきっかけを作りましたが、それだけでは経営の安定にはつながりませんでした。iPodが登場し、音楽市場での支配的な地位を築くことで、Appleは持続的な成長を実現し、やがてiPhoneへとつながる道を切り開くことになりました。ジョブズとアイブの協力がなければ、iMacは生まれなかったかもしれません。しかし、それ以上に重要でしたのは、ジョブズが「成功に安住せず、次の市場を開拓し続けることが何よりも重要だ」と考え、実際にそれを実行したことでした。Appleの復活は、iMacのデザイン革命から始まり、iPodのエコシステム戦略によって加速され、そしてiPhoneの登場によって決定的なものとなりました。
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