5-1-15:Pixar(1986):エンターテイメント産業での成功

世界一のブランド解説 Apple 神話の検証
スティーブ・ジョブズはPixarを買収し、CG技術から映画制作へと事業を転換しました。ディズニーとの提携により成功を収め、その経験は後のAppleの革新にも影響を与えました。
5-1-15:Pixar(1986):エンターテイメント産業での成功

スティーブ・ジョブズは、1985年にAppleを追放された後、NeXT Computer, Inc.を設立すると同時に、ピクサー・アニメーション・スタジオ(Pixar Animation Studios)を買収し、コンピューターグラフィックス(CG)技術の企業を率いることになりました。Pixarは元々、映画監督ジョージ・ルーカスが設立したルーカスフィルム(Lucasfilm)のコンピューターグラフィックス(CG)部門として運営されていました。しかし、Lucasfilmは財政難により、この部門を売却する決定を下しました。

スティーブ・ジョブズがPixarと出会うきっかけとなったのは、NeXTのハードウェア開発を進めていた際に、Pixarの技術に関心を持ったことでした。彼は、Pixarが開発していた高度なCG技術が、映像制作に革命をもたらす可能性があると確信し、1986年に1,000万ドルでPixarを買収しました。この時点では、Pixarは映画制作ではなく、CG技術を活用したハードウェア販売企業でした。

1986年~1993年:Pixarの試行錯誤と苦境

Pixar買収後、ジョブズはCG技術の可能性を信じ、高性能なCGワークステーション「Pixar Image Computer」を開発しました。このワークステーションは、医療、建築、映像制作向けの市場をターゲットとしていましたが、価格が高すぎ(約135,000ドル)、市場に受け入れられませんでした。さらに、一般のコンシューマー市場にはそもそも需要がなく、ビジネス市場でも競争が激しく、売上が伸び悩みました。この状況を打破するため、Pixarはハードウェア事業から撤退し、CGアニメーション制作ソフトウェア「RenderMan」の開発にシフトしました。このRenderManは、後に映画『トイ・ストーリー』の映像制作に活用されることになります。

1991年:ディズニーとの提携と映画制作への転換

Pixarが映画制作に本格的にシフトするきっかけとなったのは、1991年のディズニーとの提携でした。この提携の背景には、Pixarの技術に対するディズニーの強い関心がありました。当時、ディズニーは2Dアニメーションの黄金時代を迎えていましたが、CG技術を活用した新たなアニメーション制作手法を模索していました。ディズニーのCEOだったマイケル・アイズナーは、PixarのRenderMan技術に注目し、CGを活用したフルアニメーション映画の制作を検討していました。当初、Pixarは技術支援を提供する予定でしたが、ディズニーはPixarのジョン・ラセター監督とともに映画制作を進めることを決定し、Pixarの方向性は映画制作へと大きくシフトしました。この提携により、Pixarはディズニーと長編フルCGアニメーション映画の共同制作契約を結び、映画制作スタジオへと変貌を遂げることになります。

1995年、Pixarは世界初の**フルCGアニメーション映画『トイ・ストーリー』**を公開し、アニメーション業界に革命をもたらしました。「CGアニメ映画は成功しない」という業界の常識を覆し、『トイ・ストーリー』は世界的な大ヒットを記録しました。この成功により、Pixarはハードウェア・ソフトウェア企業から、完全な映画制作会社へと転換しました。ディズニーとの共同制作を続けることで、技術力だけでなくストーリーテリングの力を最大限に活かすことに成功しました。

Pixarの成功要因としては、以下の点が挙げられます。

  • 事業モデルを柔軟に変更し、映画制作にフォーカスしたこと

  • ディズニーとの共同制作と配給契約を結び、資金力を確保したこと

  • 単なるCG技術ではなく、優れたストーリーを提供したこと

  • Pixarの成功によって、ハードウェア企業としての試みは失敗に終わったものの、新しい事業モデルを見出し、Apple復帰後のジョブズにも大きな影響を与えることになりました。

2006年:Pixarのディズニー買収とジョブズの影響

Pixarの成功により、ディズニーは2006年にPixarを約74億ドルで買収しました。この買収により、ジョブズはディズニーの最大株主となり、Appleとディズニーの両方に影響を与える存在となりました。ジョブズは、ディズニーの取締役会に加わり、映画産業、エンターテイメント産業に関り、ディズニーのデジタル戦略にも大きな影響を及ぼしました。Pixarは、ハードウェア企業としては失敗しましたが、映画制作に軸を移し、大成功を収めましたが、この成功体験は、後にAppleに復帰したジョブズが、Appleを単なるハードウェアメーカーではなく、エンターテイメント産業を取り込む形でエコシステム(App Store、Apple Music、iCloud)を活用したプラットフォーム企業へと再構築する戦略へ影響したと推察できます。これは、現在の電子機器メーカーの中でも際立った独自性です。

Pixarの成功が、AppleとiPhone成功につながったポイントは以下の通りです。

  • 事業モデルの柔軟な転換

  • クリエイティブ市場の可能性の理解

  • 戦略的パートナーシップの活用

  • UXと映像技術の強化

Pixarの成功は、AppleがiPhoneを単なるスマートフォンではなく、クリエイティブツールとしての価値を持つデバイスへと進化させる原動力となったと考えられ、現代のiPhoneは動画だけでなく映画の作成ツールとしても使用できるレベルに進化しています。

まだ会員登録されていない方へ

会員になると、既読やブックマーク(また読みたい記事)の管理ができます。今後、会員限定記事も予定しています。登録は無料です


《西口一希》

Apple 神話の検証