
ピピンアットマーク(Pippin atmark、Pippin @.)とは、バンダイ・デジタル・エンタテイメントがApple Computer(現:Apple)と共同開発したMacintosh互換のマルチメディア機です。1996年に家庭用ゲーム機として、PCとの融合を目指した革新的な試みでした。しかし、市場のニーズを正しく捉えることができず、価格設定、ソフトウェアの不足、コンセプトの曖昧さが重なり、商業的には大きな失敗に終わりました。Appleがピピンアットマークの開発を決定したのは、マイケル・スピンドラー(Michael Spindler)でした。彼は、Macintoshの市場シェアが低下し続ける中、Appleの新たな成長戦略として、ビジネス向け市場への進出としてPower Macシリーズの開発と同時に、ゲーム市場への参入を模索しました。特に、1990年代初頭からは任天堂とセガ、1990年代中盤からはソニーがPlayStationで参入し、それぞれの企業が家庭用ゲーム市場で熾烈な競争を繰り広げており、この市場の拡大をAppleは成長機会と捉えました。
スピンドラーは、AppleのPC事業とは別の形で、マルチメディアとゲームの融合を目指した新しいカテゴリのデバイスを開発することを決めました。その結果、ピピンアットマークは「PCとゲーム機の融合を目指したマルチメディア端末」として構想されました。
ピピンアットマークのハードウェア開発は、Power Macの開発も担当し、後にiPod開発にも関与するジョン・ルビンスタイン(Jon Rubinstein)が主導しました。しかし、Appleはこの製品を自社で販売するのではなく、ライセンスビジネスモデルを採用し、ハードウェアの製造・販売を他社に委託する戦略を選択しました。そのため、1994年にAppleはバンダイと提携し、1996年に「ピピンアットマーク」として市場投入しました。
1996年:ピピンアットマークの発表と市場の反応
ピピンアットマークは、従来のゲーム機とは異なる独自のコンセプトを持っていました。最大の特徴は、インターネット接続機能を搭載し、単なるゲーム機ではなく、「マルチメディアコンピューター」としての利用を想定していた点でした。また、Appleはピピンアットマークを直接販売せず、ライセンス提供することで市場展開を図りました。このビジネスモデルにより、ピピンアットマークはバンダイによって製造・販売されました。さらに、ピピンアットマークはCD-ROMベースのゲームプラットフォームを採用し、任天堂のカートリッジに対抗する形で大容量データを扱える設計となっていました。しかし、こうした先進的な試みがあったにもかかわらず、市場の評価は芳しくありませんでした。
ピピンアットマークの販売価格は600ドル(当時のレートで約65,000円)であり、これは競合製品と比較すると非常に高価でした。PlayStation(299ドル)やNintendo 64(199ドル)と比べると、ピピンアットマークの価格競争力は極めて低かったため、消費者にとって魅力的な選択肢とはなりませんでした。さらに、ピピンアットマークは、競合他社に比べて圧倒的にソフトウェアタイトルが不足していました。例えば、PlayStationは発売時に100本以上のゲームタイトルを用意し、Nintendo 64はマリオなどの強力な自社IPを活用しました。一方、ピピンアットマークは発売当初、わずか18タイトルしかなく、そのほとんどが教育ソフトや低品質なゲームでした。このため、ゲーム機としての魅力が極端に低かったのです。
ピピンアットマークが発売された1996年には、すでにPlayStationとSEGA Saturn、Nintendo 64が市場を支配していました。これに対し、ピピンアットマークを「PCとゲーム機の中間的なデバイス」として位置付けましたが、市場には明確なニーズがありませんでした。ゲーマーには「ゲーム機として性能が低い」と見なされ、PCユーザーには「PCとして中途半端」と受け止められました。このため、ターゲット市場が不明確で、消費者に訴求することができませんでした。
Appleはピピンアットマークの開発をバンダイに任せ、自社のリソースをほとんど投入しませんでした。そのため、他のApple商品に比べて、マーケティングが不十分で、消費者への訴求力が低かったのです。Appleはピピンアットマークを「ハードウェアを売るだけのビジネスモデル」として設計しましたが、ゲーム市場ではハードウェアよりもソフトウェアとプラットフォームの充実が鍵となります。PlayStationは開発者向けの強力なサポートを提供し、多くのゲームを集めましたが、ピピンアットマークにはそれがなく、ソフトウェア開発者を十分に巻き込むことができませんでした。
ピピンアットマークは、Appleがゲーム市場に進出しようとした試みでしたが、エコシステムの欠如、価格の問題、ターゲット市場の不明確さ、参入の遅れによって失敗しました。ピピンアットマークの失敗は、Appleに「ハードウェアだけではなく、ソフトウェアとサービスの統合が成功の鍵である」ことを学ばせ、iPhoneでAppStoreを通じてゲームを含む様々なソフトウェア(アプリ)を提供するエコシステムを確立し、UXを重視したデバイスを適切な価格で提供することで、世界最大のブランドへと成長することに成功しました。
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