
AppleがiPodを発表した2001年当時、ソニーのウォークマンは既に長年にわたるポータブルオーディオ市場の王者としての地位を確立していました。1979年に初代ウォークマン「TPS-L2」を発売して以来、カセットテープ式、CD式、MD(ミニディスク)式と進化を遂げ、全世界でウォークマンは圧倒的なブランドであり、1990年代後半にはデジタルオーディオプレイヤー市場にも進出していました。しかし、2000年代初頭の、AppleのiPodとウォークマンのアプローチには大きな違いがあり、それが両社のその後の明暗を分けることになりました。
ウォークマンの仕様と製品展開(1990年代後半~2001年)
ソニーが、1979年に初代ウォークマン「TPS-L2」を、世界初の外出先で携帯できる音楽プレーヤーとして発売して以来、1990年代を通じて、ソニーのウォークマンはカセットテープ式、CD式、MD式のポータブルオーディオ機器として大きなシェアを持っていました。1990年代後半には、CDウォークマン(ディスクマン)とMDウォークマンが主流となり、日本市場においても圧倒的な人気を誇りました。MDは、カセットよりも高音質であり、CDよりも小型・軽量であったため、日本では1990年代後半から2000年代初頭にかけて広く普及していました。
ウォークマンは、デジタルオーディオにも1999年にいち早く参入を果たしました。このときに発売されたのが「Memory Stick Walkman(NW-MS7)」で、ソニーが開発した「メモリースティック」を使用するデバイスでした。しかし、この製品にはいくつかの制約がありました。ATRAC3という独自の圧縮フォーマットを採用しており、MP3ファイルを直接再生することができず、ユーザーはソニーの専用ソフトを使ってパソコンを使って、MP3をATRAC3に変換する必要があったのです。記録メディアがメモリースティックに限定されていたため、最大で64MB(後に128MB)しか保存できず、これは、MP3を圧縮しても約1時間分の音楽しか保存できない容量でした。このような制限があったため、NW-MS7は大きな成功を収めることができず、MP3プレイヤー市場では他社の製品(Rio、CreativeのNomadなど)がシェアを拡大していきました。
iPodの登場(2001年)とウォークマンとの決定的な違い
2001年にAppleが発表したiPodは、ハードディスクを搭載し、5GBのストレージを持つことが最大の特徴でした。これは、当時のメモリーベースのデジタルオーディオプレイヤー(数十MB程度)と比べて圧倒的に大容量であり、CDを何十枚分も持ち運べることを意味していました。ウォークマンは、MDメディアに数十曲を保存するか、メモリースティックで数曲を持ち運ぶ仕様だったため、ストレージ面ではiPodの方が圧倒的に優位に立っていました。また、ソニー専用のソフトウェアを使用し、ATRAC3フォーマットに変換するプロセスが煩雑であり、多くのユーザーにとって障壁となっていました。一方、AppleはiTunesとiPodを組み合わせることで、CDのリッピング、プレイリストの作成、デバイスへの転送を一括で管理できるシームレスなシステムを構築しました。さらに、ソニーのウォークマンは、伝統的なボタン操作が中心であり、特にデジタルオーディオプレイヤーにおいては、曲の選択や管理が煩雑でした。一方、iPodはクリックホイールを採用し、指でスクロールするだけで大量の楽曲を素早く選択できる直感的なUIを実現しました。この操作性の違いは、音楽体験を大きく変え、iPodが消費者に広く受け入れられる大きな要因となりました。
ウォークマンの販売実績と影響
ソニーのウォークマンは、カセットウォークマンが累計2億台以上、CDウォークマンが累計1億台以上、MDウォークマンが累計2000万台以上販売されたと言われています。特に日本市場ではMDウォークマンが強い支持を集めていましたが、MD自体が日本でしか広まらない独自の規格であったため、2000年代に入るとMDのシェアは次第に低下し、デジタルオーディオプレイヤーに市場が移行していきました。しかし、ソニーのデジタルオーディオプレイヤーはATRAC3フォーマットの制約やメモリースティックの容量制限などの問題を抱えていたため、MP3プレイヤー市場ではRioやCreativeのNomadに押され、後にiPodに完全に敗れることになります。この急成長により、Appleはポータブルオーディオ市場のリーダーとなり、ソニーのウォークマンは急速にシェアを失いました。
ソニーとAppleのアプローチの違いと結果
ソニーとAppleの最大の違いは、「エコシステムの構築」にありました。ソニーはハードウェア中心の戦略を取り、独自フォーマット(ATRAC3)と専用メディア(メモリースティック、MD)にこだわりました。一方、AppleはiTunesを中心としたソフトウェアとハードウェアのシームレスな統合を実現し、Windowsプラットフォームへも拡大して、音楽の購入・管理・再生までを一括で提供するエコシステムを構築しました。奇しくもジョブズが数々の失敗を経験した閉じたハードウェアへの拘りと、独自プラットフォームへのこだわりの問題をソニーが実行して失敗する形になりました。もしソニーがMP3フォーマットの採用を早め、よりオープンなプラットフォーム戦略を取っていたら、ポータブルオーディオ市場での支配的地位を維持できた可能性もありますし、iPhoneはソニーから生まれていた可能性も考えられます。
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