5-1-6:神話の検証⑤ 伝説のテレビCMキャンペーンの総括

世界一のブランド解説 Apple
「1984」や「Think different」は広告としての効果は限定的でしたが、Appleの成功は独自のプロダクトに起因し、CMが長期的に影響を与えた可能性があります。
5-1-6:神話の検証⑤ 伝説のテレビCMキャンペーンの総括
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Mac OS X 10.4 Tigerを発表するスティーブ・ジョブズ

成功要因はプロダクトの独自便益と機能便益

ここまで解説した「1984」も「Think different」も、制作の経緯は詳しくは発表されていませんが、社内外の視聴者だけでなくメディア、マーケティング業界、広告業界からも圧倒的な反応を生んだものの、それぞれのキャンペーン開始後の短期での売上と株価で見れば貢献したとはいえません。投資対効果で、投資後の数カ月から数年だけで考えれば、これらの伝説的なキャンペーンはビジネスに直接貢献する「広告」ではなく、それ自体が賞賛された無償の「作品」でしかないといえます。

しかし、ジョブズが1985年に会社を追われた後に、AppleはMacintoshのハードウェアとソフトウェアの強化を続けて1987年から急成長し、その後も安定成長につなげています。この結果に対して、「1984」は、社内外のモチベーションや優秀なエンジニアなどのリクルーティングに効果があったとも判断できます。もちろん、当時の社員の満足度やリクルーティングの変化に関する事実が確認できないので推測となりますが、「1984」に何らかの効果があったとしたら、これがフェアな評価ではないでしょうか。

同様に、ジョブズ復帰後の1997年「Think different」も、キャンペーン期間中の1997~2001年にはビジネスに直接貢献したとはいえないものの、この時期以降の社員のモチベーションやリクルーティングに貢献し、その後のAppleを現在のように大成功させる多くのプロダクト作りとその導入に間接的に貢献したと捉えられます。

ジョブス自身も、後年においてAppleの成功をプロダクトの先進性やUIUXと紐づけることはあっても、「1984」や「Think different」キャンペーンを直接紐づけるような発言はしていません。実際に、売上の事実を振り返れば、Appleの成功要因は明らかにプロダクト独自の便益とその機能の便益にあります。もし、AppleのCMキャンペーンをAppleの成功要因として語るなら、それは数十年後の2000年代後半に「Appleは世界一のブランドになった」という事実と過去の部分情報を部外者が後から解釈したに過ぎないのです。

何を目的にそのCMを開発するのか?

このように、CM評価とビジネス貢献を誤解する事例は珍しくありません。様々な広告賞を受賞したCMを含めて国内外でたくさん見られます。参考にするにしても、本当にビジネスに貢献したのかどうかの冷静な見極めが必要です。

広告開発の現場などでも、CMを「広告」と呼ばずに「作品」と呼ぶ場合がありますが、ここに問題が見え隠れしています。何を目的にそのCMを開発するかを明確にしなければ、そのCMは話題になってもビジネス結果にはまったく影響がないCMを生み出しかねません。現代のビジネスやマーケティングに関わる私たちは、このような曲解、誤解を受け入れてはなりません。

Apple内部では、外からはうかがい知れぬ事情があったのかもしれませんが、結果として「1984」「Think different」のケースは、投資時期の業績期待に対して、テレビCMというコミュニケーションへの過剰期待だったともいえます。CMが大反響を招いてプロダクトへの期待を高めたものの、実際に販売するプロダクト(製品やサービス)の独自便益や機能便益が不十分であったため、その時点では業績結果にはつながりませんでした。売るべきプロダクトが、高い満足を提供できる状態であってこそ、その認知を作り、期待を高めて、販売促進する投資に意味があります。これは別途、他のAppleのプロダクト事例でも振り返ります。

顧客満足を提供できてこそ広告投資に意味がある

一方で、それらのキャンペーンが40年経った今も語り継がれているという意味では、直接証明するデータがなくとも、間接的に何らかの良い影響があったといえます。このCMを高く評価した人の潜在的な顧客が、数年後、数十年後に満足度の高いプロダクトが発売された際の購買行動につながったり、このCMに惚れ込んだ優秀なエンジニア、クリエーターやデザイナーがAppleに入社してその後の成功に貢献した可能性は非常に高いと考えられます。

そしてこの考察から見えるのは、スティーブ・ジョブズ自身が何度も言及している原則です。プロダクト(商品・サービス)が先進的でユーザーに高い満足度を提供できることが大前提であり、その上でプロダクト認知を作るためのマーケティング、販売できる環境がそろって、広告投資に意味があるのです。Macintosh、iPodとiTunes、MacBook Pro、iPhone、MacBook Air、iPadという数々のプロダクトと切り離した形で、「1984」や「Think different」のようなCMキャンペーンが、Appleを世界一のブランドとした成功要因だとするのは無理があります。

同様に、現代のAppleの秀逸なデザイン性を持ってして、ブランドの成功要因とする論もありますが、これも歴史を見ずに第三者が語る無責任な話だと思います。Appleの歴史を紐解けば、現在のAppleらしからぬデザインやプロダクトで多くの失敗を重ねています。

成功したプロダクトは認知が広がるので誰しもが知っていますが、失敗は認知も広がらないので、知られずに終わります。しかし歴史を振り返ると、それはAppleという会社が数多くの失敗から一つひとつ愚直に学習し、デザインのあり方、UXのあり方を次のプロダクトに生かし続けてきた結果を見ているに過ぎないのです。

次回は、Appleのデザインについての一般的な誤解を解説してみます。

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《西口一希》

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