

1985年、スティーブ・ジョブズは、初代Macintoshの販売不振と経営陣との対立により、Appleを追放されましたが、彼は新たに次世代のコンピューターを開発するためにNeXT Computer, Inc.を設立しました。ジョブズは、NeXTを単なるパソコンメーカーではなく、「最先端の技術を集約したハイエンドコンピューターを開発し、教育市場や研究機関向けに提供する企業」にしようと考えました。当時、Apple IIやMacintoshが教育市場で人気を博していたことから、NeXTも大学や研究機関向けのコンピューターとして開発されることになりました。
1988年:NeXTコンピューターの発表と市場の反応
NeXTは1988年にNeXT Computer(NeXTcube)を発表しました。このコンピューターは、当時の技術の最前線を行くものでした。まず、高解像度ディスプレイの採用により、他のPCよりも圧倒的に美しい画面表示を実現しました。また、オブジェクト指向プログラミングの導入により、NeXTSTEPというオペレーティングシステムを搭載し、プログラムの開発効率を飛躍的に向上させました。さらに、光磁気ディスク(MOディスク)の採用によって、フロッピーディスクやハードディスクに代わる新しいストレージ技術を導入しました。そして、UNIXベースの安定したOSであるNeXTSTEPは、高い信頼性を誇りました。技術的には極めて優れた製品でしたが、市場での受け入れには苦戦しました。
NeXTの失敗要因
失敗の原因は、以下の4つが考えられます。
1)市場ニーズとの乖離
NeXTは光磁気ディスク(MOディスク)を採用しましたが、この技術は当時の市場では未成熟であり、動作が遅く、ユーザーにとって利便性が低いものでした。市場ではすでにHDDが主流になりつつあり、MOディスクは普及しませんでした。
2)ハードウェア事業の負担
ジョブズはApple時代と同様に、ハードウェアとソフトウェアの両方を自社で開発することにこだわりました。しかし、この決定により開発コストが膨れ上がり、NeXTは資金繰りが厳しくなりました。
3)価格の高さ
NeXTコンピューターは、6,500ドル(現在の価値で約1万5000ドル以上)と非常に高価でした。ターゲットとしていた教育・研究機関にとっても手が届かない価格設定となり、市場での普及が進みませんでした。AppleのMacintoshよりも高額であったにもかかわらず、機能面での大きな差別化ができなかったことも要因となりました。
4)教育市場の理解不足
NeXTは「大学向け」として開発されましたが、価格が高く、実際にはほとんどの大学が購入できませんでした。研究機関向けの高度な機能はあったものの、市場のニーズと合致していませんでした。
NeXTの事業転換(1993年):ハードウェアからソフトウェアへ
NeXTは1988年からのハードウェア事業の失敗を受け、1993年にハードウェア事業を完全に終了し、ソフトウェア企業へと転換しました。
NeXTSTEP OSを他社にライセンス供与するビジネスモデルへ移行し、NeXTSTEPは高性能なUNIXベースのOSとして評価され、後に、Appleが買収する技術となり、買収後には、macOSやiOSの基盤となりました。この決断が、AppleのNeXTを買収によるジョブズのAppleへに復帰に繋がりました。
技術革新だけでは成功せず、ハードウェアとソフトウェアの統合が重要
NeXTの失敗は、再び、革新的な技術でも市場ニーズを理解しなければ商業的には成功しないことを示し、また、NeXTはハードウェアから、事業転換し、ソフトウェア企業として可能性を開きました。この経験は、後に、Appleが、ハードウェアだけでなくApp Storeやサービス(iCloud、Apple Music)を活用するビジネスモデルへの進化に繋がっているようです。また、NeXTSTEPは、互換性の問題で普及しませんでしたが、後に、iPhoneではApp Storeによるエコシステムを確立し、開発者が自由にアプリを提供できる環境を整備しました。
NeXTでの経験を通じて、ジョブズは技術革新だけでは成功しないこと、事業の柔軟な転換が必要であること、そしてハードウェアとソフトウェアの統合が重要であることを学びました。この学びが、後のApple復帰とiPhoneの成功に直結する重要な基盤となったのです。
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