
5segsカスタマーダイナミクスにおける4種類の動き
では、上位4層の中に発生している次の4種類の顧客動態を解説します。1と3が成長(Growth)ルート、2が復帰(Recovery)ルート、4が失敗(Failure)ルートです(図4‐2)。以下、順を追って解説します。

1.一般顧客のロイヤル化、ロイヤル顧客のさらなるロイヤル化――潜在的なロイヤル化顧客
現在のビジネスを支えるロイヤル層や一般層の中には、さらに高い購入頻度や購入単価に向かう積極的な心理状態の「潜在的なロイヤル化顧客」が一定の割合で存在します。この潜在層が、自社プロダクトの何に高い価値を見いだしているか(自分にとって必要であると高く評価している便益と独自性は何か)を読み解き、ここですでに成立している顧客戦略(WHO&WHAT)が分かれば、自社プロダクトのロイヤル顧客を今後育成するための手段手法(HOW)の開発と拡大展開につなげることができます。
この潜在的なロイヤル化顧客の顧客動態に関しては、現在購入していただいている自社プロダクトの購入の頻度や単価を向上させる可能性だけでなく、新プロダクトの提案で、さらに新しい価値を創出する可能性も視野に入ります。カテゴリーをまたいだ複数のプロダクトを購入していただく、いわゆるクロスセリングの促進です。
この層は、自社プロダクトを提供している販売者からの新しい提案に関して、受容度が高い状態です。たとえば、機械加工会社が提供するサービスの潜在的なロイヤル化顧客は、同じ機械加工会社からの異なる機械メンテナンスサービスの提案を受け入れやすいのです。同じ顧客にメンテナンスサービスを認知してもらうことも、低コストで実現できます。
ほかにも、ある温泉宿を何度か訪れている一般顧客のうち潜在的なロイヤル化顧客は、その温泉宿が提供するお土産品や近隣への観光体験パッケージを受け入れやすくなっています。また、自宅の購入を斡旋してくれた不動産会社に対しては潜在的なロイヤル化顧客になりやすいため、その不動産会社からのリノベーションの提案や別荘販売の提案を受け入れやすいでしょう。
つまり、潜在的なロイヤル化顧客がもたらしている自社プロダクトの売上=「顧客数×単価×頻度」における単価と頻度は、同じプロダクトだけでなく、同じ販売者からの新しいプロダクトの提案=クロスセリングの提案でも向上させることができるのです。同じ潜在的なロイヤル化顧客に対して、異なるプロダクトでの顧客戦略で新しい価値を創出すること、つまり「同一のWHO」&「異なるWHAT」を成り立たせることも可能なのです。
いわゆる「顧客のファン化」の本質は、ここにあります。一つのプロダクトだけでは、顧客の単価と頻度はいずれ限界に達します。潜在的なロイヤル化顧客へ、そのプロダクトの単価と頻度を向上させる提案をしつつ、異なる新しいプロダクト提案で新しい価値を創出することが「ファン化」の本質です。そして、さらなる収益につなげていきます。
これをグローバルレベルで徹底的に実行した企業の例が、AmazonやApple です。どちらもトヨタ自動車やソニーと同様に、小規模で創業し、成長鈍化の時期があり、決して最初から巨大企業ではありませんでした。その変遷をカスタマーダイナミクスと顧客戦略で読み解くことで、創業から間もない企業やまだ成長途中の企業にとっても多くの示唆が得られるので、後段で解説します。
2.離反顧客の復帰――潜在的な復帰顧客
一定期間、購入がなくなった離反顧客層の中にも、一定割合で顧客へ復帰する直前の「潜在的な復帰顧客」が存在します。何らかの理由があって、もしくは何となく離反していたが、そのプロダクトへのニーズが完全消滅していたわけではない顧客層です。ここに成立している顧客戦略を洞察することで、それを実現する手段手法を開発し、復帰を促進する投資が見えてきます。同時に、そもそも、現在の顧客のさらなる離反を防ぐ顧客戦略と手段手法につながる可能性も高いです。
3.認知未購入顧客の新規顧客化、未認知顧客の新規顧客化――潜在的な新規顧客
認知未購入層にも、潜在的な新規顧客層が必ず存在します。認知未購入層は、初めての購入行動の直前か、あと少しのきっかけで購入行動に移る心理状態の顧客層です。この層は未認知の顧客よりは購入の意志決定は促しやすく、顧客化への投資効率は良くなります。
ただし、同じ「現在の購入がない」状態でも離反顧客とは違い、認知はしていても実使用体験がないので、プロダクトの便益や独自性の理解や認知は弱い状態です。プロダクトへの心理状態は、離反顧客とは大きく異なるので、2の「潜在的な復帰顧客」に有効なプロダクト提案(WHAT)とは異なる顧客戦略が必要な可能性が高いです。その点を洞察すれば、あとはこの顧客層に向けて、どのように顧客戦略を実現するかの手段手法を開発するだけです。
未認知層にも潜在的な新規顧客層が存在する可能性は高いですが、まだ認知すらない状態なので、実務上、この層をターゲットとして特定することは困難です。そのため、この層に向けた新規獲得の投資対効果は悪くなります。
4.一般顧客、ロイヤル顧客の離反――潜在的な離反顧客
一方で、ロイヤル顧客層や一般層の中には、潜在的な離反顧客が必ず存在します。何年も自社プロダクトを購入している顧客であっても、一定割合で必ず離反は起こります。自社のプロダクトのロイヤル顧客、もしくはVIP顧客の定義があれば、過去数年の変遷を調べてみてください。必ず離反した顧客が見つかります。
比較的、離反の少ないカテゴリーである金融サービスの銀行口座顧客でも、数年単位で見れば、いわゆる上顧客の数%は離反しています。競争が激しくコモディティ化の激しい日用品や、模倣されるスピードが速いデジタル系のサービスでは、その割合が50%を超える場合もあります。つまり、第1の層のロイヤル顧客層でも、一定割合で離反していく顧客、離反直前の顧客がいるのです。
この潜在的な離反顧客(WHO)の理解を深め、離反を防ぐプロダクト提案(WHAT)とその手段手法(HOW)を洞察することは、プロダクトの収益と成長に大きな影響を与えます。4から生じる離反率が大きいプロダクトは、当然のことながら、いかに効率よく新規顧客を獲得できても中長期的にはその投資対効果が天井を打ち、収益性を悪化させていきます。この場合は、新規顧客獲得への投資を止めて、プロダクト自体を見直すことが必要です。
4種の顧客動態に成り立つ複数の顧客戦略
このように、カスタマーダイナミクスを活用した潜在的な新規顧客や復帰顧客の獲得、ロイヤルや一般顧客の離反防止を目的とした顧客戦略の洞察は、今後のプロダクト改良や新しいプロダクト開発の軸にもなります。どのようなプロダクトであっても、改良、新機能の追加、並行して新プロダクトの追加などの開発が行われますが、それらはカスタマーダイナミクスで可視化できる具体的な「潜在的な顧客層の心理と行動」にひも付くべきです。
マーケット全体と自社プロダクトとの関係において、5つの顧客セグメントと4つの動態というシンプルな共通理解を組織内に作ることで、顧客戦略とカスタマーダイナミクスが、異なる部門間をつらぬく横串になるのです。
顧客の1.ロイヤル化およびさらなるロイヤル化、2.離反復帰、3.新規獲得、4.離反防止は、それぞれ並行して投資対効果を高め続ける必要があります。そのためにも、経営がカスタマーダイナミクスの可視化を主導し、各々異なる顧客動態に対応する顧客戦略(WHO&WHAT)を洞察することが重要です(図4‐3)。そしてその手段手法(HOW)を企画、部門横断で共有し、それぞれの部門・担当の業務を通じてカスタマーダイナミクス全体への投資対効果を高めて、収益性を強化していきます。4種類のルートにおいて、それぞれどのような顧客戦略(WHO&WHAT)が成り立っているのかを把握し、その動態を常に捉えて次の提案に反映するのが、カスタマーダイナミクスの運用です。

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