2-2-24:顧客は動態である

顧客起点マーケティング ビジネス構造の理解
顧客は常に変化し続けるため、企業は顧客戦略を柔軟に見直し、変化に迅速に対応する必要があります。「カスタマーダイナミクス」フレームワークを活用することで、効果的な施策が実現できます。
2-2-24:顧客は動態である

あらゆるマーケットは多様な顧客の動態である

顧客の行動には、その理由となる心理があります。また顧客は一種類ではなく多様で、固定せず変化し続けています。つまり顧客戦略も固定化せず、常に変え続けなければなりません。ここでは、マーケットを顧客の動態として捉え、可視化し、組織内で共有する「カスタマーダイナミクス」フレームワークを解説します。

多くの組織において、顧客は固定しているものとして扱われています。昨日まで効果的だった施策を今日も同様に繰り返し、明日も同様に繰り返す状態に、危機感を持つことはあまりありません。しかし、顧客の心理は常に変化し続け、結果として行動は変化し、自社のプロダクトの財務結果に影響を与えます。

日々の業務の中で意識されにくい顧客の心理と行動の変化を可視化し、組織全体の意識を顧客の変化に向けるために、「カスタマーダイナミクス」フレームワークを活用します。具体的には「5segs」の各セグメント間を顧客がどのように動いているか、時系列で5segsを追いかけることで把握し、施策の評価に活かします。

「顧客が変化している」とはどういうことか

「顧客が変化している」とはどういうことか、少しひも解いてみます。

今日、初めて自社プロダクトを購入した人は、その瞬間に顧客化しました。ほんの1分前に知り合いから薦められて「買ってみよう」と意志決定していたとしたら、その瞬間に心理が変わったことになります。あるいは前日にインターネットの広告に接触して認知し、購入しようと興味を持ったものの、口コミを確認すると否定的なコメントが多かったので「買うのは見送ろう」と意志決定していたかもしれません。

このように、顧客の心理状態やその結果としての行動は常に変化しています。しかし経営の現場で見る数字やデータ、多種多様な分析報告は、行動結果としての一瞬を切り取っただけの静止画像であり、既に存在しない過去であることは意識されません。

購入サイクルが長い業界などであれば、変化のギャップは大きな問題として見えないかもしれませんが、デジタル上のサービスや消費サイクルが速いカテゴリーでは、この変化と対応の間に生じる時間のギャップが死活問題となります。逆に言えば、競合に先んじて顧客の変化を捉えて顧客戦略(WHO&WHAT)を素早く変化させていけば、競合よりも早く顧客への価値創造が可能になります。

しかし、多くの企業では無意識にマーケットが固定されていることが前提となり、投資活動も組織構造も人事も採用も固定化しています。経営が継続的に投資対効果を最大化し、高い収益性を達成するためには、マーケットを顧客の動態で捉え、経営活動自体を柔軟に変化させ続けることが重要なのです。一般的にいわれるアジリティと同義です。

複数の企業に見る顧客戦略の変遷

顧客を動態で捉え、価値を生み出す「顧客と自社プロダクトの組み合わせ」、つまり顧客戦略(WHO&WHAT)を常に見直し、それを実現する手段手法(HOW)の健全性を刷新している企業や事業は、多く存在します。強靱な組織と人員を備えた大企業として別格扱いされがちなトヨタ自動車、ソニー、任天堂、京セラ、キーエンス、リクルート、ホンダ、ユニクロ(ファーストリテイリング)、ニトリなどが挙げられます。これらの企業は、その創業時から、強靱な組織と人員を備えていたわけではありません。

Wisdom運営者の西口が在籍していたロート製薬、P&Gも同様ですが、長年にわたって継続的に成長し収益を生み出す企業は、その創業から現時点までの事業の歴史を調べれば、顧客戦略を固定していないことがわかります。事業の中心となるカテゴリー構成や収益を生み出している産業自体が変化していることは、珍しくないのです。創業時に、顧客が価値を見いだしたプロダクトにひも付く顧客戦略は当然ありますが、顧客の変化を継続的に素早く読み取り、プロダクト提案を変え続け、事業を営むカテゴリーや産業自体も見直して、顧客が常に何らかの価値を見いだすために顧客戦略自体を変化させてきたことで成長しています。

トヨタが自動織機の製造から創業し、その鋳造機械加工技術を活かしてトラックの製造から乗用車製造にカテゴリー自体を変化させてきたことは有名な話です。決して、最初から潤沢な人材、資金、調査があったわけでなく、顧客の変化から社会の変化を読み取って、収益を生み出す顧客戦略へと変化させてきたのです。

ソニーは創業者の井深大氏がラジオの修理と改造から創業し、盛田昭夫氏と出会い、電気炊飯器の失敗を越えて、真空管電圧計そして電気座布団で初期の事業を拡大しました。その後、テープレコーダー、トランジスタラジオ、テレビ、ビデオテープレコーダーなどを開発し、いくつもの失敗を重ねながら事業の中心を変化させてきています。

任天堂は花札の製造販売からトランプへ、そしてコンピューターゲーム機へ。リクルートは、東京大学の学生新聞の広告代理店事業を発端に、数々の新しい価値を生む顧客戦略を実現しています。ロート製薬は胃腸薬の製造販売から、P&Gはろうそくと石けんの製造販売から、それぞれ創業し、数千人、数万人の組織で何千億、何兆円という規模に成長しています。

これら各社は現状を見ると強靱な大企業ですが、一つの自社プロダクトを一人の顧客に届けて価値を生み出すことを発端に、継続的に成長して今の姿があります。各社の歴史に関する文献は数多くあるので、ぜひ読んでみてください。最初の顧客が生まれた創業のときから、自社ができる新しい価値の創出を追求してきた一貫性を、すべての企業に見いだせるでしょう。決して、思い付きや流行や幸運に乗ったのではなく、顧客にとって新しい価値となる便益と独自性をどう創るか、自社が実現できる顧客戦略(WHO&WHAT)の組み合わせを変化させてきた結果なのです。

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《西口一希》

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