

「ニオイを消したい」ニーズを捉えたボディシャンプー
ここまで解説したように、強いアイデアを創出するには、具体的なN1の分析がとても大切です。顧客分析というと、すでに発売中で、現時点で購入している顧客が存在するブランドや商品にしか活かせないと思われがちですが、新ブランドや新商品開発にも十分に活用できます。N1の特定は、自分や周囲の誰かでもいいですし、対象マーケット全体や競合ブランドの5segsを作成して見出すことも可能です。
そのようにして開発してヒットし、定番化した新ブランドに、ロート製薬の「デ・オウ」があります。キャッチフレーズは「“男のニオイ”を徹底ケアするデオドラントボディケアブランド」で、新発売時は薬用全身洗浄料(ボディシャンプー)と薬用全身化粧水の2アイテムがありました。プレスリリースには、「30‐60代男性の約3人に1人が『自分のニオイを気にしている』」というファクトがありましたが、これはあくまでPRのために実施したネット調査で、コンセプト自体は量的調査から導き出しされたものではなく、N1分析の中から生まれました。
発売の数年前、ロート製薬では洗顔料を中心とする男性用化粧品ブランドが軌道に乗っていました。そこで次はボディシャンプー商材を検討し、グローバルではすでに展開していたあるブランドの日本市場導入の話がありましたが、日本市場にはすでに大手競合が寡占していて動きがなく、候補ブランドに強いプロダクトアイデア(独自性と便益)が見出せなかったことから踏み切れていませんでした。
チームでは膠着した市場に切り込める新規性のあるコンセプトが挙がらず、筆者(西口)自身でもボディシャンプーに強いこだわりがなかったため、他の男性がどんな洗浄料をどのように使っているのか、銭湯やゴルフ場のお風呂場などで観察しました。すると数は少ないものの一定の割合で、毎日ゴシゴシと垢擦りのように熱心に体をこすっている人がいました。そしてそのほとんどが、ボディシャンプーではなく石けんを使っていました。
既存商品で満たされない顧客の要望が新商品のヒント
実際にそういう人が知人にいたのでN1インタビューをすると、汗をかいた日に限らず石けんで毎日ゴシゴシと洗っており、その大きな理由は「自分のニオイを落としたい」というものだとわかりました。既存のボディシャンプーは男性用でも女性っぽく、ぬるぬるして使用感が好みではないそうでした。しかし、石けんは何度も触るので不衛生だとも感じていて、石けんに満足しているわけではないこともわかりました。
女性っぽいというのがイメージの問題なのかを確かめるため、実際に市場の既存商品を見ると、どれも女性向けの洗浄料の延長で、保湿を便益として打ち出していました。男性向けに香料は変更しても、保湿を重視するとしっとり感がべたつきにも感じられて、この「ニオイをなくしたいから毎日熱心に体を洗う」層、言い換えると「石けんのロイヤル使用者でありながら、ボディーシャンプーカテゴリー自体を認識しておらず、買って使ったこともない」層にはフィットしていなかったのです。
その後、筆者を含むチームの全員が「いい香りをつけたいのではない、“デオドラント=体臭の除去”をしたい」ことに共感し、現状では石けんが近いが便利で衛生的なポンプ式のボディシャンプーのポジションは空いていることを見いだし、開発のコンセプトを固めました。当初は既存マーケットの競合商品と同様、保湿や香りの軸でしか考えられていなかったのが、ニオイをゼロにするというまったく違う軸が確立しました。このアイデアを開発部に相談したところ、医薬部外品レベルでの成分配合で実現できるとわかり、「ニオイをゼロにする」という便益と、「医薬部外品のボディケア」という独自性を携えたプロダクトアイデアが誕生しました。
パッケージにもプロダクトアイデアをストレートに打ち出し、新ブランドながら一気に顧客を獲得しました。薬用でニオイを消す点も、狙い通りこれまでにない独自性として顧客の信頼を得られ、発売から半年で長年寡占状態の男性用全身洗浄料市場において首位になりました。目的意識を持ったN1分析からは、既存にないブランドや商品のアイデアのヒントが見つかります。量的調査だけでなく、N1分析を徹底することが大事です。
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