
前回は、AI人格によって会議の論点抽出と反証の仕組みを強化し、意思決定を“学習”に変えるという話をしました。今回は、その学習をさらに強くする土台——つまり「ログ」の話です。結論から言えば、AI活用で成果を出す企業と出しにくい企業の差は、モデルの性能よりも「ログが資産になっているかどうか」で決まるようになると思います。
なぜなら、組織が成果を出すプロセスは、知識を作ることではなく、判断して動き、結果から学び、次の判断を速くすることだからです。そのとき必要なのは、学びの材料であるログです。ログがなければ、同じ議論を繰り返し、経験は属人化し、組織の学習は遅くなります。
最大の資産は“資料”ではなく、日常会話に埋まる判断材料
多くの企業がナレッジ共有というと、まず思い浮かべるのは資料です。議事録、企画書、提案書、報告書。もちろん重要です。しかし実務の感覚では、判断の8割は資料の外で起きています。会議前の雑談、Slackの短いやり取り、現場の電話、顧客対応の一言、上司の口頭指示。ここに、意思決定の前提や制約、暗黙知が詰まっています。
ところがそれらは記録されずに消えます。結果として、同じ前提確認が何度も繰り返され、意思決定が遅くなり、属人化が進みます。AIがどれだけ賢くても、材料が残っていなければ、組織として賢くなりません。だから私は、2026年以降のAI活用の主戦場は「生成」より「記録・蓄積・検索」へ寄っていくと予測します。
事例が示す方向性:全社ログ革命=「記録されなかった会話」を資産に変える
たとえばGMOの「ビジネス スーパーインテリジェンス構想」や「AI全社ログ革命」は、まさにこの方向性だと思います。会議を録画して議事録にするだけでなく、従来は消えていた日常の会話・コミュニケーションをAIで記録・蓄積し、検索・活用可能な資産へ変換する。これが実現すると、組織の学習速度は文字通り変わります。
ここで重要なのは、「記録量を増やすこと」そのものではありません。記録が“使える形”になっていることです。検索できること、要約できること、必要な箇所に一瞬で戻れること、そして権限が適切に設定されていること。つまりログは、データではなくプロダクトとして設計される必要があります。
ウェアラブル×自動要約:「つけるだけログ」が前提を変える
さらに、Limitless AIのような“身につけるだけ”のデバイスが示すのは、ログ取得の摩擦が限りなくゼロに近づく未来です。これまで録音や議事録は「やる人が偉い」「手間がかかる」ものでした。しかしウェアラブルで自動記録・自動整理・自然言語検索が当たり前になると、記録は努力ではなく環境になります。
この変化は、単なる便利さではありません。組織の前提を変えます。
「言った/言わない」の不毛な議論が減る
引き継ぎの質が上がる
会議準備が速くなる(過去の議論にすぐ戻れる)
新人の立ち上がりが早くなる(過去の判断にアクセスできる)
こうした効果が積み上がると、結果として意思決定が速くなり、現場のストレスも減ります。
ログが増えるほど重要になる「設計」:増やすだけでは地獄になる
ただし、ログは増やせば増やすほど良い、という単純な話ではありません。むしろ増やすだけだと地獄になります。検索できない、どこに何があるか分からない、ノイズだらけで信頼できない、機密が漏れる不安がある。こうなると、使われません。
そこで重要なのは「ログ設計」です。私は、最低でも次の5点を先に決めるべきだと思います。
検索性:どう探せるか
キーワードだけでなく「誰が言ったか」「いつの会議か」「案件名は何か」「決定事項は何か」で戻れる設計が要ります。タグとメタ情報:自動と手動の境界
すべてを人がタグ付けするのは無理です。AIの自動分類を基本にしつつ、重要案件だけ人が最低限補強する仕組みが現実的です。権限:見える人・見えない人を明確に
全社共有が良いとは限りません。権限は厳密に、しかし運用は簡単に。ここが難所です。保存期間と削除:残すことより「残さないこと」を決める
永遠に残す前提だと、発言が萎縮します。一定期間で要約だけ残して原文を消すなど、心理安全性と資産性のバランスが必要です。監査と説明責任:誰が何を見たか
機密や個人情報が絡むなら、閲覧ログの監査は必須です。安心がないと使われません。
ROIの出し方:ログ革命は“生産性”より“学習速度”で効く
ログ革命のROIは、議事録工数の削減だけで測ると小さく見えます。本当の効果は、意思決定の再利用による時間短縮と、ミスの減少、立ち上がりの加速に出ます。たとえば、
同じ議論を繰り返さない(過去の結論と理由が残る)
会議準備が速い(類似案件をすぐ引ける)
判断が速い(前提の再確認が減る)
教育が速い(新人が「なぜそうするか」まで追える)
品質が上がる(例外対応や失敗パターンが共有される)
こうした効果は、日々の小さな短縮として現れ、後から合計すると大きな差になります。
私はここに「AIは結局、試行錯誤を速くする装置だ」という本質があると思います。試行錯誤は、記録されなければ組織の資産になりません。ログは試行錯誤を“学習”に変換する変圧器のようなものです。
現場で起きる抵抗と、その扱い方
ログの話をすると、必ず出る懸念があります。監視されるのではないか、失言が残るのではないか、心理的に怖い、という抵抗です。これは自然ですし、軽視すると失敗します。対策は技術ではなく、運用と合意形成です。
目的を明確にする(監視ではなく、知恵の資産化である)
残さない範囲を決める(人事・個人・医療など)
要約だけ残すなどの設計をする(原文は一定期間で消す)
権限を厳密にする(全員が全部見える必要はない)
現場の成功体験を先に作る(探せて助かった、が広がると変わる)
私は、ログ革命は「正しさ」で押し切るより、まず小さな成功体験を作って浸透させる方が良いと思います。
ログが整うと、AI人格も職能ボットも強くなる
ここが重要な接続点です。前回のAI人格は、議題に対して論点を出します。しかし、過去の意思決定ログが蓄積されていなければ、議論は一般論になりやすい。逆にログがあると、AI人格は「過去に類似案件で何が起きたか」「当時の前提は何だったか」「反証条件は満たされたか」を引き、会議の質が一段上がります。
同様に、職能ボットもログがあるほど賢くなります。FAQを返すだけでなく、社内の実例や意思決定の流れに沿った助言ができるようになります。つまりログは、AI活用の土台であり、連載全体の“根”です。
次回予告:職能AIBotが増殖し、学びと実務が「対話型プロダクト」になる
次回は、汎用AIではなく、特定領域に学習させた「職能AIBot」が増殖する流れを扱います。単にチャットで便利になる、という話ではありません。教育、標準化、壁打ち、意思決定の補助が「対話型プロダクト」として配布されるようになります。私自身の試験的プロジェクトの途中経過も交えながら、「まず小さく公開し、試行錯誤を学習として資産化する」重要性を具体的にお伝えします。
まとめると、ログ革命の本質は記録ではなく、会話を資産に変えて“組織の学習速度”を上げることだと思います。
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