
顧客の動態を生み出すことで、収益は向上する
プロダクトの潜在力に関して「ニッチかどうか」を議論することも多いですが、その議論には意味はなく有害ですらあります。すべての大事業や大企業は最初から存在しているわけではなく、ニッチからスタートしている事実を強調しておきます。
すべての事業は、一人の顧客が、これまでにない価値を見いだす便益と独自性を提供するプロダクトと出会うことから始まります。そのプロダクトに同様の価値を見いだす顧客が増えていく初期段階をニッチと呼んでいるだけで、その後、どこまで顧客が増えて規模拡大するかはわかりません。あるプロダクトがニッチかどうかは、あくまで結果論としてしか言えないのです。つまり、初期段階で「ニッチだ」として切り捨ててしまうのは、ビジネスの芽を摘むことになりかねません。
顧客は動態だという事実に無自覚であることは、中長期において収益性を高めることが困難になる大きな理由の一つです。BtoC、BtoB にかかわらず、すべてのマーケットは、個別の顧客の行動を合算した一瞬を、静止画像として切り取っているにすぎません。つまり、マーケットは常に変化し続ける「顧客の心理と行動の動態」と捉えて経営すべきなのです。
収益の向上を目指す経営が実現すべきは、新しい顧客を創造することです。すなわち、自社プロダクトを継続的に支持していただける顧客の動態を生み出し続けることです。
セグメント間の顧客の動きを可視化する
では、どのような業態でも活用できる基礎的な「5segs カスタマーダイナミクス」で、顧客動態を考えてみます。
BtoCもBtoBも含めてどんなマーケットでも、発売時は全員が自社プロダクトの未認知顧客です。そこから認知が広がると、認知しながら
も未購入の顧客が増えます。その後、初めて購入していただくと顧客になりますが、購入の頻度や単価に差異が出てきて、平均的な一般顧客と、頻度や単価の高いロイヤル顧客に分かれます(図4‐1)。

この動態は、定量的なアンケート調査で把握できます。「『顧客戦略(WHO&WHAT)』立案に向けた顧客分類」の項目で解説したように、市場の顧客数やクライアント数を試算するのが一見難しくても、ある程度は捉えられます。その上で定期的な調査を通して各セグメントの推移を把握すれば、顧客動態を追っていくことができます。一度作成すれば、継続的にその検証と議論を通じて、精度を高めていけばいいのです。
小規模な事業や、BtoBなどでは、自社プロダクトをまだ知らない、リード顧客にもなっていない未認知層は多くなります。この未認知顧客へ、何をどのように訴求するかが大きな課題です。一方で、車や住宅などの大型の消費財などの場合は未認知層は小さく、認知ありの未購入顧客が多いかもしれません。その中でも、特に自社プロダクトに価値を見いだしてくれる顧客層に絞り込んで新規顧客獲得への投資をするのか、そもそも価値を見いだしていただけるような便益と独自性をプロダクトが訴求し切れていないのであればその開発を急ぐのか、検討する必要があります。
5segsの中に発生している、基本的な動態を考えてみます。この5つの分類を1年間で考えた場合、その1年間の収益のほぼすべては上位2層から成り立っています。定期的な会費や事前支払いのビジネスは、離反顧客からも収益が得られる場合もありますが、そうでなければ上位2層からの売上と利益で、下位3層への投資、すなわち新規顧客の獲得や離反顧客の復帰への活動すべてを賄っています。
このような活動の結果として、この5層の割合が増減し売上と利益が生まれるわけですが、重要なのは、顧客は変化し続け、この5層の間を動き続けているという事実です。顧客はまさに動態であり、この動態を視野に入れて成長戦略と収益性の向上を目指すのが「5segs カスタマーダイナミクス」フレームワークの役割です。
立てた企画は素早く実行し、PDCAを回す
マーケットは顧客動態であるという前提に立つと、あらゆる戦略、施策やアクション、そして組織は陳腐化します。たとえば一般顧客のロイヤル化を目的に立案した戦略は、顧客行動データの精密な分析結果を元にしていても、昨日までに起こった過去の顧客行動が前提になっています。まして、行動の原因である心理変化の把握はほぼできません。この状態で企画した施策を実行するより前に、競合が新しい戦略を実行すると、それを認知した自社プロダクトの顧客心理は変化し、次の行動も変化します。
まだ自社プロダクトを購入や利用していない顧客も、「こんなのがあるんだ」と競合を認知すると、仮にそれまでは自社プロダクトに関心があったとしても、その心理は変化する可能性があります。つまり、顧客行動データを軸にした企画は、競合や社会環境の動きによって、常に陳腐化されていくのです。できることは、このような過去の顧客行動データに基づいて判断した企画は、素早く実行することです。社内や外部を巻き込んで分析し、議論して熟考し、時間をかければかけるほどに陳腐化し、的外れになります。
本質的で持続性のある事業成長につながる戦略として目指すべきは、今、目の前のマーケットの顧客の心理と行動を理解し、素早く顧客戦略を構築し、それを実現する手段手法を企画・実施し、PDCAサイクルを回していくことです。そして、この一連が実現可能な体制を組織に内製化することです。これが、顧客起点の経営改革です。
そのために、マーケット全体をTAM顧客数で定義し、TAM内の顧客がどう動いているか、カスタマーダイナミクスで常に把握していきます。経営が課題としている収益性の向上を解決するには、「顧客起点の経営構造」フレームワークにおけるブラックボックスである顧客の心理と行動の関係と変化をカスタマーダイナミクスで可視化し、顧客が見いだす価値を高め続ける顧客戦略(WHO&WHAT)を洞察し、それを実現する手段手法(HOW)の改善強化(PDCA)を継続していくことが重要です。
まだ会員登録されていない方へ
会員になると、既読やブックマーク(また読みたい記事)の管理ができます。今後、会員限定記事も予定しています。登録は無料です