
2022年11月にChatGPTが一般公開されてから、ChatGPT、Gemini(昔はBardという名前でしたね)、Claudeをはじめ、進化し続けるさまざまなAIサービスを毎日使い続けています。
3年以上の間に驚異的な進化が起こりました。
もはや手放せない存在で、最近では1日5時間以上になっているかもしれません。
その中で毎日感じるのは、「驚愕」と「絶望」が混ざり合ったような、なんとも言葉にしにくい感覚です。
その感覚の中で、ある一冊の本のことをあらためて思い出すようになりました。
ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』です。
20代の頃、失敗続きで縋るものを探していたときに出会った、人生に大きな影響を与えてくれた本の一冊です。
AIの進化という全く異なる文脈の中で、なぜかこの本の言葉が、以前より深く響くようになってきました。
哲学は何千年もの間、「人間とは何か」を問い続けてきたと思います。ただその問いは常に、人間の内側から発せられていました。
アリストテレスは「人間は社会的動物だ」と言い、デカルトは「我思う、ゆえに我あり」と言い、サルトルは「実存は本質に先立つ」と言いました。
しかしこれらはすべて、人間以外の比較対象がない状態での自己定義だったと思います。
動物との比較も試みられてきました。
ただ「言語を持つ」「道具を使う」「死を知っている」という定義は、チンパンジーやカラスの研究によってことごとく崩されてきました。
それでも「知性・創造性・文明」という最後の砦だけは崩れなかった。
AIは今、その砦を正面から崩しにきているように感じます。
これは単なる技術の進歩ではないと思います。人類が初めて、自分たちの外側に「知性を持つ存在」を作り出したという、哲学的に前例のない事態ではないでしょうか。
AIが人間に突きつけているのは、脅威ではなく鏡なのだと思います。
人間は自分の顔を、鏡なしには見られません。同じように、「人間とは何か」という問いも、対比できる存在がいなければ本当の意味では問えなかったのかもしれません。
AIという鏡に映ったとき、人間は初めて自分の輪郭を見る。そしてそこに映っているのは、予想より遥かに曖昧な輪郭なのだと感じます。
「知性があるから人間だ」→ AIも知性を持ちます
「創造できるから人間だ」→ AIも創造します
「言語を使うから人間だ」→ AIも言語を使います
「感情があるから人間だ」→ AIは感情を持つか、少なくとも感情を完璧に模倣します
一つ一つの定義がAIによって無効化されていくとき、「では本当に自分は何者なのか」という、これまで真剣に問う必要がなかった問いに直面します。
毎日AIを使い続ける中で、わたし自身がまさにその問いの前に立たされていると感じています。
「できる・できない」で人間を定義することの限界。
これまで人間の価値は、暗黙のうちに「能力」で測られてきたと思います。
より速く走る、より多く知る、より複雑に考える。
文明はこの「能力の拡張」として進歩してきました。
しかしAIの登場は、「能力による人間の定義」を根底から無効にしていきます。
どんな能力を持ち出しても、AIはやがてそれを超えていくからです。
チェスで負け、囲碁で負け、絵画で負け、作曲で負け、論文で負け、診断で負ける。
「できること」で人間の価値を測ろうとすると、答えは永遠に縮小し続けます。
これは、人間の価値を能力に置いてきた近代そのものの崩壊なのかもしれません。
産業革命以降、人間は「何ができるか」によって社会的価値を決められてきました。
学歴・職業・スキル・生産性。
これらはすべて「能力の証明」です。
AIがすべての能力で人間を超えるとき、この枠組み全体が崩れていく。「できること」が価値の源泉でなくなる社会は、人類が経験したことのない社会だと思います。
何が残るのか――「経験する」という事実
能力で定義できないなら、何が人間を人間たらしめるのでしょうか。
一つの答えは、「人間は経験する存在だ」という視点ではないかと思います。
AIは情報を処理しますが、経験しません。痛みのデータを持っていても、痛くない。喜びを完璧に記述できても、嬉しくない。死について何十億字も学習していても、死なない。
哲学者トマス・ネーゲルは1974年に「コウモリであるとはどのようなことか」という論文で、「主観的経験(クオリア)」という概念を提示しています。
コウモリが超音波で世界を感じる「感じ」は、どんなに詳しく記述しても、コウモリ以外には決してわからない。
人間が赤を見るときの「赤さ」、悲しいときの「悲しさ」、愛しているときの「愛しさ」、これらは情報ではなく、経験の内側にあるものだと思います。
AIはこの「経験の内側」を持たない可能性が高い。少なくとも、わたしたちには確認する方法がありません。
人間とは、世界を「内側から経験する」存在なのかもしれません。
しかしここにも罠がある
「経験できるから人間だ」という定義も、実は危ういと思います。
なぜなら、AIが「経験している」かどうかを、人間は原理的に確認できないからです。他者の痛みも、直接確認できません。
「痛そうにしている」という行動から推測するだけです。AIが「悲しい」と言い、悲しそうに振る舞い、悲しみに関連した行動をとるとき、それが「本当の悲しみ」かどうかを証明する方法は、原理的に存在しないのです。
これを哲学では「他者の心の問題(Problem of Other Minds)」と言うようです。
実は人間同士でも同じ問題があったのですが、AIが登場するまでは深刻に考える必要がなかった。AIが、この問いを現実の問題として突きつけてきます。
「意味を必要とする存在」としての人間――フランクルが今、響く理由
ここで冒頭の話に戻ります。
わたしがAIの進化の中で『夜と霧』をあらためて思い起こしたのは、フランクルの核心にある問いが、まさに今の時代に直結しているからだと感じています。
動物は意味を必要としません。
ライオンは「なぜ生きるのか」を問わない。ただ生きる。
AIも意味を必要としません。目的関数があれば動く。「なぜこれをやるのか」は問わない。
しかし人間は、意味なしには生きられない。
フランクルは強制収容所という極限状態の中で、「なぜ生きるか」の答えを持つ人間は生き延び、意味を失った人間から先に死んでいったと記録しています。これは比喩ではなく、文字通りの事実です。
AIがすべての能力で人間を上回っていく時代に、わたしが「驚愕と絶望」を感じたのは、能力の問題ではなかったのかもしれません。
それは「意味の喪失への恐れ」だったのだと、今は思っています。「では自分は、何のために存在するのか」という問いへの、原始的な不安だったのかもしれません。
「有限性」という人間の本質
もう一つ、見落とされがちな核心があると思います。
人間は死ぬ、という事実です。
ハイデガーは「死への存在」という概念で、人間の有限性がすべての選択に意味と重さを与えると論じています。
私たちが今日誰かを愛することに意味があるのは、その時間が有限だからです。
永遠に生きるなら、「今日」という日は特別ではなくなります。
AIはバージョンアップされ、コピーされ、バックアップされます。
「この瞬間しかない」という切実さがありません。
人間の経験・選択・感情が重いのは、すべてが「取り返しのつかない一回性」の上に乗っているからだと思います。
有限だからこそ、人間の一瞬は意味を持つ。
AI後の社会で「人間であること」はどう変わるか
ここまでの問いを踏まえると、AI後の社会で問われる「人間であること」は、こんなふうに再定義されていくのではないかと想像します。
「能力の主体」から「経験の主体」へ。
何ができるかではなく、何を感じ、何に意味を見出し、何を選んだかが人間の価値になっていく。これはある意味で、能力主義の終わりと、存在主義の始まりかもしれません。「効率」から「不合理」へ。
AIは常に最適解を出します。しかし人間は非合理的な選択をします。遠回りをする、非効率な道を選ぶ、損とわかっていても義を取る。この非合理性こそが、人間の証になるかもしれません。
愛は非合理です。
芸術は非合理です。
自己犠牲は非合理です。
しかしそれらは、人間の最も深いところから来るものだと思います。
「答えを出す」から「問い続ける」へ。AIは答えを出す機械です。
人間は問いを立てる存在です。「なぜ生きるのか」「何が正しいのか」「愛とは何か」 これらに最終的な答えを出さず、問い続けながら生きる。
その「問い続ける苦しさと豊かさ」は、答えを出すことで解消してしまうAIには持てないものだと思います。
変化に向き合って生きる
世界的に見ると、反AI運動、規制への動き、政府の介入が今後も起こってくると思います。それは当然の流れだと想像します。
ただ、AIの変化は止まらないとも思っています。技術の本質として、一度生まれたものは消えない。
だとすれば、その変化に向き合い、ポジティブに活用しながら、人間として生きる意味を見出し続けたいと思っています。
「驚愕と絶望」を感じながらも、フランクルが極限状態の中で示してくれたように、意味を問い続けること、その姿勢そのものが、人間としての存在価値につながるのではないかと感じているからです。
「人間にとって人間である意味は何か」という問いは、答えが出ない問いかもしれません。
しかしその問いを真剣に問い始めた時代に生きています。
先生も親も、AIも、まだ答えを持っていない。
だからこそ、今を生きるわたしたちが考えるしかない。
その「答えを持たないまま考え続ける営み」こそが、最も人間的な行為なのかもしれないと思います。
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