
書籍『ブランディングの誤解 P&Gでの失敗でたどり着いた本質』(Amazon)
2024年12月13日発行/日社BP
Wisdom-Beta編集部より:書籍『ブランディングの誤解 P&Gでの失敗でたどり着いた本質』が発売になりました。ここでは出版社の承諾を得て、本書より「はじめに」を全文掲載します。
はじめに
皆さんは「ブランディング」という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?
銀座や青山に店を構える高級ラグジュアリー商品、大手企業が多額の投資をして広告賞を取るようなテレビCM、有名デザイナーが手掛けるセンスのいいロゴやデザイン、オリンピックやFIFAワールドカップのような大型イベントのスポンサー活動を挙げる人もいるかもしれません。
「ブランディング」という言葉や響きには、誰にとっても魅力や憧れがあり、大手企業でなくともビジネスに関わる方なら、いつかはブランディングに投資したいと考えることでしょう。いや、既に投資されている方も多いのではないかと思います。
しかし、ブランディングは、普段のビジネスで行う商品開発、営業活動、顧客獲得や顧客維持へのマーケティング投資に対して、比較的大きな追加投資となります。
では、ブランディングに追加投資をする目的は何でしょうか。ビジネスとしての投資であれば、なんらかのリターンを目指す必要があります。
その目的は、認知度を上げることでしょうか? 好感度を上げることでしょうか? 情緒的なつながりをつくることでしょうか? その対象は、既存の顧客? 新規獲得をしたい潜在顧客? あるいは、取引先や株主やメディア? 社員や将来に採用したい学生?
認知度、好感度、情緒感が高まれば、事業にとってどんないいことがあるのでしょうか?顧客は増えますか? 顧客が長く継続的に購入してくれるようになりますか? 取引先から寄せられる信頼度が上がりますか? 社員の働くモチベーションが上がりますか?
それらの結果、売り上げや利益は増えるのでしょうか? それは、どれくらい続くのでしょうか?
ビジネスとしての投資である限り、これらを考えて目的設定をすることは必須です。目的が明確でなければ、ブランディングへの投資は、高い確率で無駄になります。ブランド広告による広告賞の受賞などで社内外に興奮を生み出しても、それは一時的なものとなりがちです。
ブランディング実施後に、ビジネスに何をもたらしたのか。多くの場合、売り上げに多少の変化があっても、長続きすることはありません。
ところが、そもそも目的が曖昧であれば、投資結果を評価することもかなわず、ブランディングの成否を判断できません。なんとなく、社内でも、一時的な興奮の後、時間とともに過去の記憶となります。
結論から言えば、ブランディングという言葉は、定義自体が曖昧であり、曖昧であるがゆえに、根拠のない拡大解釈や過剰期待が生まれ、無駄な投資を助長する多くの「誤解」につながっています。
筆者が創業したWisdomEvolutionCompany(ウィズダム・エヴォリューション・カンパニー)で、「ブランディング」に関する文献や記事を日本語と英語で調査しました。
すると、158に及ぶ「ブランディング」や「ブランド」という言葉の付いた概念が、確認できました(2024年10月時点)。
それら全てを一つひとつ筆者自身で確認しましたが、そもそもブランディングと呼ぶ必要のない概念や、マーケティングの支援会社がクライアントに追加投資を促すためにつくった営業的概念でしかないもの、同じ概念でも数多くの誤解が含まれていることが分かりました。
確実に言えるのは、これらの158の概念の学習から始めると、ブランディングはますます「きらびやかな未来をつくるふわっとした何か」という誤解が広がります。そのままビジネスに活用すると、確実に無駄な投資や活動につながります。
筆者もプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に所属していた20代のころに、「ブランディングの誤解」による失敗を経験しました。
徐々に売り上げが下がるヘアケアブランドの「ヴィダルサスーン」の立て直しを期待され、ブランドマネジャーとして担当した初期のころの話です。このブランドが顧客にとってどんな価値を生み出しているか、なぜ、売り上げが下がっているかの理解が曖昧なままに、ヴィダルサスーンは、「プロのスタイリスト」ブランドであり、美しいショーモデルのヘアスタイルこそがブランドだと考えました。
それを情緒的に「ブランディング」するために、複数の海外モデルが海岸で遊びながら美しいヘアスタイルを誇示する、今見ても、かっこいいと自負できるブランド広告を制作し、メディア投資を行いました。
この広告は専門誌でも評価され、賞をいただきましたが、売り上げは全く上がりませんでした。対象顧客の一部で、ヴィダルサスーンへの好感度は上がったものの、購入意向は上がらず、当然、売り上げにはつながりませんでした。
顧客からすると、この広告はエンターテインメントの作品としては好まれるものの、単にそれだけでは、商品を買う理由にならなかったからです。
焦りながらも、次の一手を考えるべく顧客理解を深めると、顧客の購入意向は、実は、機能的な便益に大きく左右されることが分かりました。「プロのスタイリスト」「ショーモデルのヘアスタイル」の映像には憧れますが、商品として自分の髪に何をしてくれるのかという機能便益を感じないと購入意向は高まらないのです。
そこで、商品の独自機能を伝えるべく、「夜にヴィダルサスーンを使えば、朝起きたときに寝癖がついておらず、起きた瞬間に髪が美しくまとまっている」ことを少々コミカルな内容で伝えるテレビCMを制作し、投入したところ、大きく売り上げが増加。その後も継続して事業は伸長しました。
広告としては、前者のほうが今でもかっこいいと思いますが、それは、ビジネスの結果にはつながらない「誤解したブランディング」だったのです。
筆者は、このヴィダルサスーンの経験を含めて35年のキャリアで、100を超えるブランドや事業に直接関わり、数多くの失敗と少数の成功を経験させていただきました。その違いを、一つひとつ比べることで、様々な間違い、そもそも、避けるべき誤解や罠が見えてきました。
また、直近の8年では、投資業務やコンサルティング業務をへて380を超える企業や事業の相談に乗らせていただきましたが、特に「ブランディング」は、誤解が多く、多くの企業や事業で、無駄な投資や活動を生み出しています。
P&Gのような大きな会社での失敗は、その後にチャンスをいただいて挽回することができましたが、中小規模の事業会社にとっては、一つの失敗が深刻な経営問題となりかねません。
冒頭での質問「『ブランディング』という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?」で、思い浮かんだ内容は、一旦忘れてください。それらは、投資対効果を求めない大企業のブランディング的な活動がほとんどです。
では、「ブランディング」は不要なのか?
そうではありません。ブランディングの誤解と罠を避け、明確なビジネス目的を設定して進めれば、中小企業でも、大きなビジネス効果を期待できるのです。
それを実現するには、先述の158のブランディングに関する概念を順番に学ぶことではなく、実務にとって、有効なブランディングとは何かを学ぶことが出発点です。
本書では、既存のブランディング論やブランド論に関する解説は最小にし、数々の有名な巨大ブランドがつくり出す誤解や罠の解説を含めて、具体的な事例を用いて、ブランディングの効果を最大化するための考え方を紹介。どのように目的を設定すべきか、中小企業が目指すべきニッチブランドとは何かなど、誰もが実務で活用できる「ブランディング」を解説します。
本書が大企業に限らず、中小企業も正しくブランディングを活用し、ビジネスの成長につながる一助となれば幸いです。
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