
書籍『ビジネスの結果が変わるN1分析 実在する1人の顧客の徹底理解から新しい価値を創造する』(Amazon)
2024年11月22日発行/日本実業出版社
Wisdom-Beta編集部より:書籍『ビジネスの結果が変わるN1分析 実在する1人の顧客の徹底理解から新しい価値を創造する』が発売になりました。ここでは出版社の承諾を得て、本書より「はじめに」を全文掲載します。
実際の1人の顧客の心理を徹底理解する「N1分析」
筆者はこれまでP&G、ロート製薬、ロクシタン ジャポン、スマートニュースにおいてマーケティングを中心に経営にも携わってきました。ここ数年間はスタートアップへの投資、経営へのコンサルティング、顧問などのかたちでさまざまな企業の事業支援を行っています。
ご相談いただく企業はBtoBからアプリ開発、巨大なグローバル事業まで、累計で380社(2024年10月時点)を超え、経営者や事業責任者など、マーケティングをメインの業務にされていない方々との関わりも増えていく中で、マーケティングには誤解されている部分が多く、そのために無駄な費用や時間、労力が発生していると感じるようになりました。
また、多くの企業で、マーケティングにおける課題を抱えていることも実感しています。
それは「お客様第一」「顧客視点」などと言いながら、最も重要な顧客が見えなくなっているということです。お客様のためにビジネスやマーケティングに取り組んでいるのに、そのお客様の心理や変化が見えなくなってしまうのです。
あるいは、経営者も現場担当者もお客様を理解することなしにマーケティングの手段や手法(HOW)ばかりを意識した結果、お客様が置き去りにされる構造に陥っているケースもあります。日々増えていくマーケティングの手法にとらわれ、本当の顧客の姿を見失ってしまうことも少なくありません。
大企業であれ中小企業であれ、顧客が何を求めているのか、顧客が何に「価値」を感じているのかをしっかり把握している企業は、継続的に利益を上げています。経営と顧客の行動をつないでいる「顧客心理」に着目し、「誰に(WHO)」「何を(WHAT)」提供するのか、そして「なぜ買って(使用して)いただけるのか」を軸にビジネスを構築されているのです。
お客様と最も近く接しているマーケティングこそ、こうした「顧客戦略」を解き明かし、経営に詳細に提示することが求められています。
「顧客戦略」とは、価値となる「誰(WHO)に対して、何(WHAT)を提案するか」の組み合わせです。
これらを明確にして組織全体で運用することにより、「顧客心理」や「顧客行動」の変化をとらえ、その結果としての売上、利益の財務諸表までを一気通貫して把握することができます。
しかし、さまざまな施策を実行しているのに思うようにビジネスが成長していない場合、顧客がどのような人で(WHO)、その顧客がプロダクト(商品やサービス)にどのような便益と独自性(WHAT)を感じてくださっているのかを理解できていないことがほとんどです。
「便益」とは、顧客自身が感じているベネフィットであり、顧客が買う・選ぶ理由です。「独自性」とは、唯一性であり、顧客がほかの製品やサービスを買わない・選ばない理由です。
そもそも、顧客は便益と独自性を見出すからこそ、対価を支払ってくださるのです。この関係性が成立してはじめてプロダクトの「価値」が生まれ、事業の成長が見込めます。

ここで重要なのは、プロダクトの価値は企業ではなくお客様が見出すものだという点です。
企業側が「このプロダクトには便益があります」「このサービスには独自性があります」と訴えても、お客様がそこに便益と独自性を見出さなければ「価値」は生まれず、継続的な利益に結び付きません。
そのため企業側は、プロダクトに便益と独自性を感じている具体的な人の行動と意識を掘り下げ、心が動いたポイント(驚きや喜び)を探り、考察することが重要です。
それによって、便益と独自性(WHAT)に、価値を感じている人(WHO)の組み合わせを複数見つけ出し、「ロイヤル顧客」として効率的に取り込むために有効な再現性のあるマーケティング施策(WHO)を考え出すことができます。
これが、筆者の提唱してきた「N1分析」です。「N1分析」は、筆者がP&G在籍時に携わった多くのプロダクトのマーケティング活動を通して生まれ、その後、ロート製薬、ロクシタン、スマートニュース、そして支援先の企業等でのビジネスにおける数多くのプロダクトによる実践を経ながら、よりメソッドとしての精度を高め、提唱し続けているものです。
「N1分析」は、名前のある実在する1人の顧客を徹底的に理解し、その顧客が価値を見出す便益と独自性を見極め、具体的なプロダクトのアイデア、訴求するための伝達方法としてのコミュニケーションのアイデアを洞察する帰納的アプローチ、顧客自身も気づいていない、もしくは、言語化できない、潜在的なニーズ(インサイト)を洞察し、新しい価値を創造する分析です。
「N1分析」で洞察しようとしているのは、いわゆる「インサイト」です。一方、「インサイト」と呼べないものは、お客様自身が気づいており、言語化できる、説明できるニーズであり、これは顕在ニーズです。顕在ニーズはすでに明確なマーケットになっており、それに対応する、つまり、ニーズに対応する便益を提供するプロダクトが多く存在します。
「N1分析」では、顧客の購入行動につながる、顧客自身も気づいていない、言語化できていない潜在ニーズをつかみ、有効なプロダクトの提案、さらにマーケティング施策を創出し、定量的な検証を重ねて拡大展開していきます。
筆者の35年のキャリアで成功と失敗を分けてきたものは、確実に「インサイトの解像度」であり、個人であるお客様をどこまで深く理解したかでした。この理解を深める方法を「N1分析」と名付けました。
現代のマーケティングに関する課題
筆者は企業の事業支援以外に、数冊の自著や講演活動等を通して「N1分析」や「5segs(ファイブセグズ)」「9segs(ナインセグズ)」のフレームワークを組み合わせた「顧客起点マーケティング」の重要性を訴えてきました。
2023年に刊行した『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』(日本実業出版社)では、実際にマーケティング初心者の編集担当や出版のサポートスタッフ、さらに中小企業の経営者、若手マーケター、マーケティング初心者の方々から徹底的にヒアリングを行い、マーケティングを実践するうえで妨げになっているポイントをまとめました。
さらに、本を購入してくださった読者に向け、刊行後に無料のオンラインサロンを何度も開催し、質問や疑問に応えていきました。
そこで、多くの方がマーケティングのどのようなことに課題を感じているのかをひも解くと、「顧客の解像度を高める難しさ」を感じているケースが多いことに気づきました。約9カ月間にわたって開催したオンラインサロンでは、多くの方からさまざまな悩みをうかがい、それらに答えていく中で、筆者自身も多くの学びを得ることができました。
その内容を、オンラインサロンの参加者だけでなく、より多くの方に共有したいと考え、1冊の本にまとめたのが本書です。実際にマーケティングの何に悩んでいるのか。それについての筆者なりの見解をまとめました。
「N1分析」は帰納的なアプローチ
「N1分析」で顧客の解像度を高めるためには、座学も必要ですが、実際には何度も自分で経験してみることが重要です。徐々に勝ち筋のパターンが見えてくるようになってきます。
その意味では、「N1分析」は理論やプロセスからではなく、実際に起きた具体例(ケーススタディ)から学ぶことが最も有益です。
本書では、実際に「N1分析」を実践して成果を出している企業の経営者やマーケティング責任者から詳細に話を聞き、実例を掲載しました。「N1分析」を実践している人の生の声を通して、実践するための戦略をひも解きます。
本書でも詳しく触れますが、歴史的にマーケティングは市場全体を大きな塊(かたまり)としてマクロ的にとらえ、既存の理論やルールを活用してシェア拡大を目指す「演繹(えんえき)的」なマーケティング手法が一般的でした。
一方、具体的な事例を深く分析して汎用可能な傾向やパターンを見出し、有効なアイデアを導き出して拡大展開していくN1分析は「帰納(きのう)的」な手法と言えます。
そして、通常の解説書やビジネス書は、原理や理論から結論を導き出す演繹的アプローチで書かれるものが主流です。筆者自身の著書では、「顧客起点マーケティング」の両輪として、演繹的アプローチである「5segs」「9segs」と帰納的アプローチである「N1分析」を同時に解説していましたが、混在すると理解するのが困難になるのも事実です。
また、「N1分析」は多種多様な人間とその深層心理を対象にした帰納的分析なので、マーケティングの分野の中でも汎用的な体系化と言語化が最も難しくもあります。逆説的ですが、「N1分析」の理解と血肉化には、個別の実例から帰納的に理解することが重要だと考えています。
そこで、本書は「N1分析」自体と同様に、ケーススタディとして異なる市場における4つの企業の具体的な個別事例を分析して結論を導き出す帰納的アプローチを目指しました。
本書の構成は、次のようになっています。
第1章では、「N1分析とは何か」「なぜ必要なのか」といったN1分析の概要を解説します。
第1章は「N1分析」を学んでいくにあたって筆者がこれまでの実践から定義するマーケティングのまとめ的な内容でもあり、すでに知っている方、また拙著『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)や『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』(日経BP)、『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』をすでに読まれた方は復習的に目を通すか、読み飛ばして第2章から読み進めていただいても構いません。
第2章では、「N1分析」を実践する4社のケーススタディを掲載します。
BtoC市場で停滞から大躍進を達成したメーカー(アサヒビール株式会社)、縮小しつつある市場で再生に挑む老舗メーカー(株式会社アックスヤマザキ)、インターネットを主体に成長を続けるスタートアップ(株式会社シロク)、BtoB市場における巨大グローバル企業(パナソニックコネクト株式会社)。
この4社の経営トップやマーケティング責任者から、実践している「N1分析」について、その実施している理由や具体的な方法、実践するうえでの難点や留意点、成果などについてうかがいました。
この4社のケーススタディに、すべての「N1分析」が詰まっています。ぜひ、何度も、これらの実例を読み直していただいて、日々の実践を通じて帰納的に理解を深めていただきたいです。
第3章では、第2章をもとに「N1分析」のポイントを抽出し、より詳細に解説しています。
「N1分析」は、マーケティングだけでなく、ビジネス全体の成果を大きく変えるアプローチです。
企業におけるすべての意思決定は、お客様に価値を見出してもらうことを目指した「便益」と「独自性」の提供のためにある。
そのことを忘れず、深い顧客理解をベースに「誰に、何を」提案するのかを考え抜くのが「N1分析」です。
人がモノを買うとき、サービスを使うとき、どんな心理が働くのか、私たちがものやサービスを売るというのはどういうことか、さらにビジネスとは何かといった本質的な理解にも役立ちます。
マーケティングの領域では日々新しい手法や知見が生まれていますが、第2章のケーススタディを読めば、目先の手法に翻弄されることなく、まず1人のお客様にしっかり向き合うことから事業が成長していることを実感できるはずです。
読者の方が本書を通じてマーケティングをビジネスの現場で活用し、事業の成長やご自身のキャリアに役立てることを心から願っています。
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