
第6回では、AI時代の入口は「モデル性能」より「デフォルト席(OSの最初の相談窓口)」が握る、という話をしました。今回は、その入口がスマホの画面からさらに外へ広がり、AIが“常時同伴”へ近づくと何が起きるのかを扱います。ただし、ここは期待が先行しやすい領域でもありますので、可能性と現実の時間軸を分けて整理します。
スマホの次は「周辺化したAI」——画面を見ない体験が主戦場になる
これまでのデジタル体験は、基本的に「画面を見る」ことが前提でした。検索し、読み、比較し、買う。ところがAIが進化すると、体験は「画面の中で操作する」から「生活の中で相談する」へ寄っていきます。たとえば、歩きながら、料理しながら、移動しながら、会議の合間に。こうした“手が塞がっている”状況で、AIが自然に介入できると、相談の頻度そのものが増えます。
私はこの変化を、AIがスマホの中で完結するのではなく、生活導線に“周辺化(アンビエント化)”していく動きだと捉えています。入口が増えるほど、企業の競争は「露出」より「その状況で最適だと認定される理由」に集約されます。
OpenAI×ジョナサン・アイブが示す「入力の再発明」
近年、AI専用デバイスの噂や報道が注目を集めています。特に、ジョナサン・アイブ(元Appleのデザイン責任者)とOpenAIの協業が取り沙汰されていることは象徴的です。ここでのポイントは、ガジェットが増えること自体ではありません。「AIに話しかける」行為を、今より摩擦の小さい形に再設計しようとしている点です。
スマホは万能ですが、AIの入口としては“完璧”ではありません。ロック解除、アプリ起動、入力、結果の確認。音声は便利でも、公共空間では話しかけづらい。画面を見る前提も残る。もし新デバイスが、こうした摩擦をさらに削り、「話しかける・見返す・記録する」を自然な形に統合できるなら、AIの利用頻度は一段上がる可能性があります。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、「良いデバイス=すぐ普及」ではないことです。ハードウェアは、技術より習慣に支配されます。次に述べる“メガネ型”の論点がまさにそれです。
Metaグラスが示す方向性——手を塞がない入口が増える
Metaはグラス(スマートグラス)領域に継続投資しており、音声アシスタント、撮影、簡易表示などを日常導線に乗せようとしています。ここで重要なのは、グラスがスマホを置き換えるかどうかより、スマホでは弱い状況(両手が塞がる、移動中、作業中)で“入口”になれるかです。
たとえば現場作業で、手順を見せる。会話中に、固有名詞だけメモして後で要約する。道順や次の予定だけをサッと出す。こうした用途は、スマホよりグラスの方が自然な場面があります。つまり、入口は「置き換え」ではなく「増殖」する、という見方が現実的です。
筆者の見立て:メガネ型の常時携帯がスマホ習慣を超えるには時間がかかる
ここで私の見立てを明確にしておきます。いかにデバイスが優れていても、特にメガネのような携帯は、スマホを常時携帯する人間の習慣を超えるにはかなり時間がかかるのではないか、と思っています。
理由は大きく5つあります。
第一に、装着の心理コストです。スマホはポケットに入れておけば良いですが、メガネは“身につける”前提で、相性(顔・視力・疲労感)や好みが分かれます。
第二に、社会的コストです。カメラや録音の存在は、周囲に緊張を生みやすい。プライバシーへの不安が残る限り、職場や公共空間での常用は限定的になりやすいです。
第三に、バッテリーとメンテナンスです。充電、清掃、故障、アップデート。常時携帯ほど運用負荷が効いてきます。
第四に、ユースケースの決定打です。スマホは「それがないと生活が回らない」機能をすでに持っています。グラスが“これがないと困る”状態を作るには、時間が必要です。
第五に、価格と買い替え周期です。スマホは買い替えが習慣化していますが、メガネの買い替えは人によって周期が長い。普及速度はどうしても遅くなります。
したがって、短期で起きるのは「スマホが主役のまま、入口が増える」未来だと考えています。スマホ+グラス、スマホ+イヤホン、スマホ+車内AI、スマホ+ウェアラブル。補完関係が先に広がり、置き換えはその先です。
企業の構え:短期はスマホ優位、中期でウェアラブル入口を重ねる二段構え
この前提に立つと、企業が今とるべき戦略は明快になります。短期(2026~)はスマホOS/アプリ内AIを主戦場として整備しつつ、中期(数年スパン)でウェアラブル・車内・家庭内など複数入口に“同じ価値”が届く設計にしておくことです。
具体的には次の三点です。
相談文脈(状況)で価値を定義する:誰向けではなく「いつ、何に困るか」で語れること。
表示が小さくても成立する情報設計:グラスや音声では長文が読まれません。要点、条件、注意点が短く出せる必要があります。
「実行」まで含めた体験を整える:入口が増えるほど、在庫・納期・返品・サポートなど実務の弱さが露出します。
“常時同伴AI”が広がるほど、マーケは「接触」から「同伴」に寄る
常時同伴が進むと、マーケティングは「広告で接触する」から「生活の中で同伴する」へ寄ります。ここで重要なのは、AIが提案するのは“商品”だけではない点です。予定の組み方、買うタイミング、比較の観点、失敗回避の注意点。つまり購入の前後を含む“行動の設計”が価値になります。
企業側にとっては、商品説明の上手さより、「状況ごとの成功率を上げる設計」が重要になります。たとえば、失敗しにくい条件提示、合わない人への注意、代替案の用意。こうした誠実な設計が、推奨と再購入を生みやすいと思います。
今日からできる準備:入口が増えても崩れない“短文化・条件化”の整備
最後に、現場が着手しやすい準備を3つ挙げます。
自社価値の「30秒版」を作る:便益、独自性、根拠、条件を短文でまとめます。
条件の固定フォーマット化:価格、納期、返品、保証、サポートを同じ並びで提示できるようにします。
“小さな入口”で試す:社内ならショートカット、外部ならLINEや簡易Web。まず使われ方を観察し、修正します。
新デバイスの普及は不確実ですが、「入口が増える」こと自体はほぼ確実だと思います。だからこそ、デバイスの勝ち負けを当てにいくより、入口がどこでも選ばれるための材料——価値と条件と実務——を整え、学習サイクルを回すことが、最も堅い戦い方だと考えています。
“使い続けられるAI”の設計原則:アンビエント化は「軽さ」と「中断可能性」が鍵に
常時同伴AIの体験を設計する上で、私は3つの原則が重要になると思います。
第一に「軽さ」です。呼び出しに手間がかからず、返答も短く、次の行動に移れること。
第二に「中断可能性」です。生活の中では、AIに集中し続けられません。途中で止めても、後で再開できることが前提になります。
第三に「見返せること」です。
音声や一瞬の表示は便利ですが、後から確認できないと不安が残ります。常時同伴AIは、瞬間の体験と、後で戻れるログ体験の両方が揃って初めて安心を作れます。
この3原則を企業のマーケに置き換えると、商品情報も同じです。短い説明(軽さ)で理解でき、迷ったらFAQに戻れ(中断可能性)、購入後に条件を確認できる(見返せる)。これができるブランドは、入口がスマホでもグラスでも、推薦されやすくなると予測します。
入口が増えるほど「音声」の重みが増え、言葉の設計が露骨に効く
ウェアラブルが普及すると、入力はタップやタイピングより音声比率が増えます。音声は便利ですが、検索語と違って曖昧です。「これ、いい感じのやつ」「前に見た、あれ」「失敗したくない」。この曖昧さをAIが文脈で補います。だから企業側は、属性ターゲティングよりも「状況と言い回し」を設計する必要が出ます。
たとえばBtoBでも、担当者は「稟議が通りやすい説明にして」「比較表を作って」「上長が気にするリスクを先に潰して」と言います。BtoCでも「母が喜ぶ」「重くない」「手入れが楽」など、生活の言葉が出ます。こうした言葉に対して、自社が“どんな状況の正解”なのかを短文で返せることが、音声入口の時代には強みになります。
プライバシーと信頼が“普及速度”を決める:技術より「安心設計」が先
もう一点、時間軸を左右するのはプライバシーだと思います。メガネ型が普及しにくい理由の一つは、周囲が「撮られているかもしれない」と感じてしまう点です。ここは技術で解決できる部分もありますが、結局は社会的合意と習慣です。私は、普及が進むとしても、最初は「特定の場面」に限定されると予測します。たとえば工場・倉庫・現場作業・物流・医療のように、記録とハンズフリーが価値になる場所です。一般の街中で常時装着が当たり前になるには、もう一段の“安心の標準”が必要になると思います。
企業側から見ると、これは重要な示唆です。入口は増えるが、どの入口が主役になるかは場面ごとに違う。だからこそ、入口の勝ち馬を当てるより、「どの入口でも誤解されない情報」「どの入口でも不満が出にくい条件」「どの入口でも問い合わせが解決する導線」を整える方が、確度が高い戦略になります。
職能ボットとの接続:常時同伴AIは“総合窓口”、職能ボットは“専門窓口”になる
第5回で述べた職能ボットの話と、新デバイスの話は別ではありません。むしろセットです。常時同伴AIは、総合窓口として「何をすべきか」を整理し、必要なら専門窓口(職能ボット)へつなぐ役割になると思います。たとえば、OSのAIが「状況を整理→候補提示→注意点提示」まで行い、そこから「商品選定の専門ボット」や「稟議作成の専門ボット」へバトンタッチするイメージです。
このとき企業が問われるのは、専門窓口が“つながる設計”になっているかです。リンクがあるだけでは弱く、相談の文脈が引き継がれ、同じ定義と判断軸で回答が続くことが重要になります。入口が増えるほど、ブランド体験は「点」ではなく「連続」になります。連続性が切れると、不安が増え、推薦されにくくなると感じます。
「普及しないかもしれない」ではなく、「普及の順番」を押さえる
最後に、私は新デバイスを“当たるか外れるか”で語るのは危険だと思います。普及は0か100ではなく、順番です。多くの場合、
業務用途の限定領域で価値が立つ
一部の生活用途に降りてくる
社会的合意(プライバシー・マナー)が整い、一般化する
という段階を踏みます。企業は(3)を待ってから動くと遅れますが、(1)と(2)で学習し、勝ち筋を作っておくことはできます。これはAI活用全般と同じで、試行錯誤の学習を先に積む会社が強くなる、という結論につながります。
まとめると、常時同伴AIは有望ですが、短期はスマホ優位が続く前提で、入口を増やしながら価値が崩れない二段構えが必要だと思います。
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