CEPは「記憶ハック」から「AIの判定ゲート」へ——状況がそのままクエリになる

AIの普及により、CEPは記憶を刺激する役割から、状況を分類し推奨を判断するゲートへと進化します。その結果、より詳細な状況理解と、二層構造のデータ構築が重要になります。
CEPは「記憶ハック」から「AIの判定ゲート」へ——状況がそのままクエリになる

第8回では、エージェント・コマースによって「検討」が会話の中に畳まれ、ファネルが圧縮される流れを整理しました。今回は、その圧縮が進むほど重要になる“入口の設計”の話です。結論から言えば、CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)は弱まるのではなく、意味が拡張します。これまでのCEPは「人間の記憶をハックして想起される入口」でしたが、これからは「AIが状況を分類し、推奨を決める判定ゲート」になっていくと思います。

そもそもCEPとは何か——「状況」がカテゴリー想起を起こす入口

CEPとは、顧客があるカテゴリーを検討し始める“状況”のことです。喉が渇いた、来客がある、締切が迫っている、失敗できない、気分を上げたい。こうした状況に入った瞬間、人は頭の中でカテゴリーを思い出し、さらに特定ブランドが候補として上がります。この候補の集合が想起集合(エボークトセット)です。

従来のマーケティングでは、CEPを増やし、そこで想起される確率を上げることが勝ち筋でした。たとえば「朝の眠気→コーヒー→特定ブランド」「急な来客→手土産→特定ブランド」というように、状況とブランドを結びつける広告や体験を作ってきました。ここまでは、人間の脳が想起することが前提でした。

2026年以降、想起の主体が「人」から「顧客AI」へ移る

ところがAIが普及すると、この前提が少しずつ崩れます。顧客は自分で思い出して検索するより先に、AIに相談するようになります。つまり状況は、人間の想起を起こすだけでなく、AIへの入力(クエリ)になります。「来週、上司に失礼のない手土産を」「初めての取引先に送る案内文を」「失敗しない家庭用プリンターを」。このとき顧客は、ブランド名ではなく状況を投げます。

するとAIは、その状況を分類し、必要条件(価格、制約、期限、好み)を整理し、候補を絞り、推奨を出します。ここでCEPは、人間の記憶を刺激する入口であると同時に、AIが推奨を決めるための“判定ゲート”になります。私はこの変化が、2026年以降のマーケを理解する上で非常に重要だと思います。

入口が増えるほど、CEPは「細かく」なる

第6回・第7回で扱ったように、入口はスマホOS、アプリ内AI、音声、車内、ウェアラブルへと増えていきます。入口が増えるほど、状況の粒度は細かくなります。なぜなら、入力がより自然言語になり、「今この瞬間の困りごと」がそのまま相談になるからです。

従来のCEPは、広告の都合もあり、ある程度の大きさ(朝・夜、仕事・家庭、季節イベントなど)で設計されがちでした。しかしAIの相談文はもっと具体です。「雨で靴が濡れた」「明日の会議で反対されそう」「母の誕生日だが甘いものが苦手」「子どもが熱で夜中に起きる」。この粒度の状況に対して、AIが“正解候補”を出すようになると、企業は「属性ターゲティング」より「状況の辞書」を整える必要が出てきます。

CEPがAIの判定ゲートになると、勝負は「残存率」になる

ここで競争の形が変わります。以前は、想起集合に入ることが目的でした。しかしAIが候補を数点、場合によっては1点に絞る世界では、入るだけでは足りません。私はここで、次の三段階の“残存率”という考え方が重要になると思います。

  1. AI掲載率:候補や比較表に載る確率

  2. AI推薦率:最終推奨に残る確率

  3. 購入レール接続率:推奨後に“買える状態”が整っている確率(在庫・納期・返品・決済)

この三段階のどこで落ちているかによって、打ち手が変わります。掲載率が低いなら「価値の可読化不足」、推薦率が低いなら「独自性・根拠の弱さ」、接続率が低いなら「実務の弱さ」です。AI時代のCEPは、広告だけで解けません。プロダクトとオペレーションを巻き込んだ設計が必要になります。

二層の辞書を作る——人間向け情動×AI向け構造データ

CEPが判定ゲートになると、企業は二つの言語を使い分ける必要があります。

第一の層は、人間向けの情動です。状況に入ったときに「わかる」「それ私だ」と感じる物語。これは今後も重要です。人は最終的に感情で納得しますし、ブランドは情緒的な信頼を積み上げることで強くなります。

第二の層は、AI向けの構造データです。便益、独自性、根拠(RTB)、条件(制約)、比較可能な仕様、レビュー、事例。AIが推奨するには、論理的に説明できる材料が必要です。人間向けの情動だけでは比較表に残りにくく、AI向けの構造だけでは“好き”になりにくい。だから二層が必要です。

私はこの二層設計が、AI時代のCEP戦略の核心になると考えています。広告やコンテンツは情動層を担い、商品情報・事例・運用条件は構造層を担う。どちらも欠けると、入口が増えるほど不利になります。

実務:CEPを「状況×価値×条件」で書き換える

では、現場はどう動けばよいでしょうか。私は、CEPを次の形で書き換えることを勧めます。

  • 状況:いつ、どんな不安・制約があるか(例:失敗できない、急ぎ、予算、相手の嗜好)

  • 価値:その状況で何が良くなるか(便益)

  • 理由:なぜ言えるか(RTB)

  • 条件:失敗しないための条件(納期、返品、使えないケース、注意点)

たとえば「失敗できない手土産」というCEPなら、価値は「相手に不快感を与えない」「場が整う」、理由は「定番で評価が高い」「過去事例が多い」、条件は「賞味期限」「包装」「配送」「アレルギー」になります。こうしておくと、AIが相談文を受けたときに、推奨を作りやすくなります。

この作業は、マーケだけでは終わりません。条件の部分は、オペレーションやCSの設計と直結します。入口が増えるほど、条件が曖昧なブランドは推奨されにくくなるため、部門横断で“失敗しない条件”を整える必要があります。

落とし穴:CEPを“増やす”ことが目的化すると、逆に弱くなる

CEPの話をすると「状況を増やせばいい」となりがちです。しかしAI時代は、状況を増やすより「状況ごとの勝ち筋を深くする」方が重要になります。AIは候補を絞るため、浅いCEPを大量に持っていても、推奨には残りません。むしろ、少数の状況で強い評価を積み上げたブランドが、別の状況にも拡張されやすいと思います。

ですので、最初は「自社が最も勝てる状況」を3つに絞り、そこに対して価値・根拠・条件・実務を揃え、推薦される確率を上げる。その後、勝ち筋を横展開する。この順番が現実的です。

計測の工夫:アンケートではなく「相談ログ」からCEPを発見する

従来、CEPは調査で拾うことが多かったのですが、AI時代は“相談ログ”から拾えるようになります。ユーザーがどんな状況で相談し、どの条件で迷い、どこで離脱したか。これは従来のクリックログよりも、CEPの宝庫になります。ここに、第4回のログ革命とつながる価値があります。ログが資産になるほど、CEP設計は精度が上がります。

次回予告:AIが“実行”を代行する領域へ——ロボティクスと自動運転

CEPがAIの判定ゲートになると、購入の入口だけでなく、実行(配達・移動・現場作業)までAIが関与し始めます。次回(第10回)は、ロボティクスと自動運転が進化することで、AIが「購入」だけでなく「実行」まで代行し、生活導線とビジネス導線が変わる話を扱います。

まとめると、AI時代のCEPは、記憶を刺激する入口から、AIが推奨を決める「状況分類の判定ゲート」へ拡張すると予測します。

まだ会員登録されていない方へ

会員になると、既読やブックマーク(また読みたい記事)の管理ができます。今後、会員限定記事も予定しています。登録は無料です


《西口一希》

AI大変革時代のインパクト