大規模な市場に大量販売するマス マーケティング
マスマーケティングは、現在でも活用されている最も古典的なマーケティングです。大規模な市場セグメントをターゲットにして、大規模なメディアや販売チャネルを通して、多くの潜在顧客に対して広範囲にプロダクト(商品やサービス)を提供します。小規模なセグメントや顧客層ではなく、多くの人々に認知を形成し、プロダクトの初回購買や継続購買を獲得することを目的としています。
マスマーケティングでは、1970年代から1990年代にかけての「4マスメディア」と言われるテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアを利用して広告が行われ、比較的規模の大きな投資をともなって、プロダクト(商品やサービス)の認知形成や販売を推進します。長い歴史の中で、様々な知識(プロセス、フレーム枠、ノウハウ)が世界中で体系化され、書籍や大学などでの学習コンテンツとして普及しています。
現在では、「マスマーケティングは古く、マスメディアを活用しないビジネスには無関係」のように見なされがちですが、その知識の多くは現在のBtoCマーケティング、BtoBマーケティング、デジタルマーケティングのような個別事業モデルのマーケティングでも共通して活用されているため、基礎理解は欠かせません。
一方で、インターネット、スマートフォンの浸透とデジタル技術の急速な発達で、マスメディアを前提としていない現在では活用できない知識や情報も多く、その取捨選択が重要です。特に、有名なSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)とMM(マーケティングミックス)の考え方とその活用は、大きく変化しています。
以下、マスマーケティングの発達に貢献した主な学者や出版物、および企業について紹介します。
フィリップ・コトラー(Philip Kotler)氏
マーケティング分野で非常に有名な米国の学者であり、マーケティングの権威的な著作や貢献で知られています。彼は1931年に生まれ、ノースウェスタン大学で経営学の教授を務めました。著書『マーケティング・マネジメント』(Marketing Management)は、1970年代以降に、マスマーケティング理論の発展に大きな影響を与えました。
本書はその後、世界中のビジネススクールでテキストとして活用され、多くの実務家や研究者に多大なる影響を与えてきました。改版を重ねながら、現代のマーケターが最も読んだと思われる2008年の原書第12版は1000ページにもおよぶ分厚さの百科事典的な本となり、最新の2022年の原書16版でも842ページとなっています。様々な関連トピックを解説し、BtoCだけでなくBtoB分野も解説しています。しかしながら、非常に幅広い分野を網羅しているので、マーケティングの専門家であっても読破することが難しい内容です。
コトラーはマーケティングの「STP(Segmentation、Targetting、Positioning)」や「4P(Product、Price、Place、Promotion)」という概念を広め、多くの企業がこのフレームワークを用いてマスマーケティング戦略を展開しました。
アル・ライズ(Al Ries)氏、ジャック・トラウト(Jack Trout)氏
米国の著名なマーケティングコンサルタント、著述家、そして経営者です。彼らはマスマーケティングの中でも、競争の激しいマーケットにおける競争優位性、ブランディング、広告、ポジショニングなどのマーケティングに関する数々の著作で知られています。特に、書籍『ポジショニング戦略』(Positioning: The Battle for Your Mind)で、製品やサービスのポジショニングがブランドの成功にどれほど重要かを説明し、コトラー氏の提唱したSTPの運用に影響を与えました。
マスマーケティングの活用事例
グローバルで展開するプロクター&ギャンブル(Procter & Gamble)、コカ・コーラ (Coca-Cola)、マクドナルド (McDonald's)、日本からはトヨタ、日清食品、ユニクロなどはマスマーケティング全盛期の当時から、積極的にマスマーケティングを活用して高い業績を上げ続けている世界的な企業で、これらの企業から学べる事例がたくさんあります。
プロクター&ギャンブル(Procter & Gamble):P&Gは、独自のブランドマネジメントシステムと体系化されたマーケティングを開発し、特に1980年代以降にグローバルで高い業績を上げ続けたことで知られており、マスマーケティングを世に広めた企業です。彼らはマスメディアを活用して、複数の製品カテゴリーやブランドで広告キャンペーンを展開し、一貫したブランド訴求と高い店頭展開力で強いブランドを世界中で構築しました。その広告戦略においてテレビCMに多額の投資を行ってきました。1950年代から1990年代にかけて、P&Gは年間で数億ドル規模の広告予算をテレビCMに投じてきました。広告予算の約70%がテレビCMに充てられ、特にプライムタイムの広告枠を中心に大規模な投資が行われていました。この戦略により、P&Gは多くの消費者にリーチし、ブランド認知度を高めることに成功しました。
コカ・コーラ(Coca-Cola):コカ・コーラは世界中の広い顧客層に対して製品を販売しており、マスマーケティングを活用している代表的な企業です。同社の広告戦略は国や文化を超えて幅広い層にアピールする内容で、主要なブランドごと、プロダクトに関してテレビCMや屋外広告、オンライン広告、スポンサーシップなど多岐にわたるチャネルを通じて展開されています。また、企業全体の共通キャンペーンも行っています。1980年代には、年間広告予算が10億ドルを超え、そのうち大半がテレビ広告に費やされていました。テレビCMは、ブランド認知度を高めるために最も効果的な手段として活用されました。世界中の顧客にポジティブな印象を与え、ブランドの認知度と好感度を高めるために、例えば2009年には「Open Happiness」、2016年には「Taste the Feeling」とのタグラインを掲げてグローバルキャンペーンを展開しました。
マクドナルド(McDonald's):マクドナルドはグローバルなファストフードチェーンとして、マスマーケットを対象に一貫した品質とサービスを提供しています。テレビ広告、プロモーション、子ども向けのマーケティング(ハッピーセットなど)、大規模なスポンサーシップなどを通じて、家族全員が楽しめるレストランというイメージを築いています。積極的にテレビCMに投資し、ブランドの知名度を高めました。1980年代には、年間で約1億ドル以上をテレビ広告に費やしていました。この期間中、マクドナルドはファミリー層をターゲットにした広告キャンペーンを展開し、プライムタイムの広告枠を大量に購入することで、広範囲にリーチすることを目指しました。テレビCMは、マクドナルドのマーケティング戦略の中核をなしており、全国的なキャンペーンを展開するために大規模な広告投資が行われました。また、2003年から「I'm Lovin' it」のスローガンをグローバルで導入し、テレビCM、ラジオ、屋外広告、デジタルメディアなど多様なチャネルを通じて伝えられました。このシンプルで覚えやすいスローガンは、広範囲にわたる顧客にリーチし、ブランドロイヤリティを育成するのに貢献しました。
トヨタ自動車(Toyota):トヨタは、自社の自動車を世界中の多様な顧客層に向けてマーケティングしています。同社は多様な車種を提供することで幅広いニーズに応え、テレビCM、プリント広告(新聞や雑誌など紙媒体)、デジタルマーケティング、オートショーなどを通じて製品を宣伝しています。
日清食品:日清食品は、「カップヌードル」などの即席麺製品で知られており、一貫してテレビCM、プリント広告、インフルエンサー マーケティング、SNSを活用したデジタルキャンペーンなどを駆使し、幅広い顧客にアプローチしています。特にカップヌードルの広告キャンペーンは、印象的なメッセージとクリエイティブな表現で大きな話題を呼ぶことが多く、製品の魅力を効果的に伝えています。これにより、即席麺市場におけるリーダーとしての地位を維持し、新たな顧客層の獲得に成功しています。
ユニクロ(UNIQLO):ユニクロは、シンプルで質の高いカジュアルウェアを手頃な価格で提供することを特徴とし、幅広い顧客を対象にしたマスマーケティング戦略を展開しています。国内外を問わず、テレビCM、オンライン広告、屋外広告、プロモーションイベントなど多様なマーケティングチャネルを通じて、製品の普及を図っています。ヒートテックやエアリズムといった高機能な素材や、ユニバーサルなデザインを前面に出すことで、多様な顧客ニーズに応え、年齢や性別、国籍を超えて広い顧客基盤を確立しています。
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