人間の心理や行動を考慮して施策を企画、実行する
マーケティングは、顧客(WHO)に対して、プロダクト(WHAT)を提供し、プロダクトが提供しうる便益(買う理由)と独自性(他を選ばない理由)を顧客が見いだすことで価値を生み出し、売上と利益となります。そのために、顧客(WHO)とプロダクト(WHAT)をどのように結びつけるかがHOW(手段手法)ですが、HOWの有効性は、人間の癖や習慣を含む心理に左右されます。マーケティングの教科書ではあまり取り上げられませんが、マーケティングのHOWに秀でるには、心理学を学ぶことが近道です。
人間の心理と行動に関する研究は心理学の分野で、行動心理学、行動経済学など多くの学問分野が確立されています。例えば、広告制作においては、行動心理学の理論を活用することで、顧客の心理的ニーズに訴える効果的なコピーや画像を作成することができます。また、購入体験の設計においては、顧客の心理と行動に関する理論を活用することで、顧客が購入を容易に感じる環境を提供することができます。
例えば日本の大手百貨店が実施する「おもてなしサービス」は、顧客の快適さを追求するために、行動心理学の知見を活用しています。また、例えばオンラインショッピングサイトでは、直感的に操作できるユーザーインターフェースを設計するために、経験や先入観に捕らわれて非合理的な判断をしてしまう「認知バイアス」という心理傾向に関する研究結果が応用されています。
また、心理学は、マーケティングで使われる重要概念のひとつである「インサイト」を理解するためにも役立ちます。インサイトとは、顧客自身も言語化できない顧客の深層心理や潜在意識です。このインサイトの理解を深めることで、これまでになかったプロダクト(商品やサービス)や、これまでになかったHOW(手段手法)のアイデアを発想することができます。既に顕在化した顧客ニーズや要望、既に言語化できている心理や意識からは生まれにくいアイデアを発想することが可能になるのです。
さらに、マーケティングを実行するための組織運営、チームマネジメント、リーダーシップの発揮においても、人間の心理を理解し、それに合ったコミュニケーションや動機付けを行うことが重要です。成功するビジネスリーダーは、部下やチームメンバーの心理的なニーズや動機を考慮し、適切なサポートや指導を提供します。
したがって、ビジネスにおいては、単に数値やデータを分析するだけでなく、人間の心理や行動に着目し、それを考慮に入れて施策を企画し実行することが重要です。このようなアプローチによって、より効果的な意思決定やビジネスの成果を得ることが可能となります。
心理学、行動心理学、行動経済学
ビジネスやマーケティングに関連する心理学、行動心理学、行動経済学といった学問分野はすべて、人間の行動や意思決定に影響を与えている心理メカニズムを理解するためのものであり、人間である顧客の行動を予測し、影響を与えるために重要です。人間の心理や行動を理解することで、企業はより効果的なマーケティングを策定し、顧客満足度を向上させることができます。
以下、それぞれの学問分野を簡単に解説します。
心理学:心理学は、人間の心と行動を理解するための基礎的な学問です。マーケティングでは、顧客の動機、欲求、感情を理解することが重要です。例えば、商品のパッケージデザインに心理学を応用することで、購入意欲を高めることができます。鮮やかな色彩や魅力的なグラフィックは、視覚的に顧客を引き付け、感情に訴えることで購入行動を促進します。また、顧客レビューや口コミを利用することで、社会的証明の効果を引き出し、他の顧客の意見が購入意思決定に影響を与えることも心理学の応用例です。
心理学の分野で特によく研究されている認知バイアスは、人間の判断や意思決定において生じる偏りや誤りを指します。認知バイアスに関しては、様々な理論が提唱されています。例えば「アンカリング効果」という理論を利用すると、最初に高い価格を提示し、その後にディスカウントを行うことで、ディスカウント後の販売価格を魅力的に感じるようにすることができます。家電量販店がよく行う「特価セール」は、最初に高価格を示してからの割引を強調することで、顧客にお得感を感じさせます。
行動心理学:行動心理学は、特に観察可能な行動に焦点を当て、人間の行動がどのように学習され、変化するかを研究します。例えば、スーパーのレイアウトは行動心理学を応用した典型的な例です。店舗の入り口に生鮮食品や花を配置し、顧客の気分を高揚させることで、購入意欲を高めます。また、レジ前に小さな商品を配置することで、顧客がレジを待つ時間に衝動買いをしやすくしています。これらの配置は、顧客の行動パターンを分析して最適化するために、行動心理学の原理を利用しています。
行動経済学:行動経済学は、心理学の知見を経済学に応用し、生活者の経済行動を現実的に理解しようとする学問です。例えば「ナッジ理論」を活用して、顧客の行動を望ましい方向に導くことができます。日本のある自治体が導入した「電力消費量の見える化」システムは、顧客に省エネを促す効果がありました。
高い倫理観と道徳観が求められる
一方で、これらの理論を購入や売上を実現する手段手法であるHOWで活用する際には、経営者そしてマーケターに高い倫理観と道徳観が求められます。
世の中には、心理学を悪用して顧客の購入を促すような詐欺的な広告や販売促進、善意なき心理操作が、非常に多くあります。法令遵守に取り組んでいるはずの、グローバル展開しているSNSやメディアなどのプラットフォームですら、いまだに犯罪的な広告や販売促進が日常茶飯事となっています。マーケティングが経営にとって、ビジネスにとって、そして社会にとって重要な役割を担っていくためにも、法令遵守だけでなく、高い倫理性を持って取り組んでいただきたいです。
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