STPよりMMが先行してはいけない
本シリーズでは、マーケティングプロセスにおいて非常に有用でありながら、誤解も多い「ポジショニング」を取り上げます。
端的にいうと、有名な書籍『ポジショニング戦略』では広告手法として、つまりMM(マーケティングミックス)レベルで「どのようなポジションを取るべきか」が論じられているのに対し、同書に推薦文を寄せているフィリップ・コトラー教授はより上位のSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)分析レベルでポジショニングを捉えられています。どちらの捉え方も有用ではあるものの、ポジショニングという言葉が使われる際、どのレベルなのかがずれていると議論がかみ合わず、成果に結びつかないという問題があります。
また、この問題を認識せず、STPに先行してMMレベルでポジショニングを議論してしまうと、STPを不必要に狭く定義してしまう懸念が生じます。本来、STPの戦略立案を経てMMを検討すべきであるところ、主従が逆転してしまうのです。
この問題は、顧客を精緻にターゲティングしたアプローチが可能になったデジタル時代の今こそ、よく理解して避けなければいけないと考えています。なぜなら、同じプロダクトでも、複数の顧客層にそれぞれ合わせた訴求をすることで、たくさんの「WHO&WHAT」を成立させることができるからです。MMレベルでのポジショニングを先行して決めてしまうことは、この妨げになり、結果として機会損失につながってしまいます。
以下、なぜこうした誤解が起きたのか、発端からひも解いていきます。
ポジショニングの誤解が拡大した理由
「ポジショニング」という言葉は、コトラー教授の『マーケティングマネジメント』の初版(1968年)では触れられていなかったようですが、改版を重ねる中で、MM(4P)となるプロダクト(製品)、プライス(価格)、プレイス(場所)、プロモーション(宣伝)を企画する前段階であるSTPでの戦略構築の一部として加筆、紹介されています。
コトラー教授が取り上げる以前から「ポジショニング」という言葉自体は登場していました。1969年に発行された『Industrial Marketing』で、広告コンサルタントであったジャック・トラウト氏が提唱したものです。ここでは「情報入力を簡素化し、新しい情報を論理的な場所に保存するために消費者が使用するメンタルデバイス」であると述べています。その後、元同僚のアル・ライズ氏と2008年に出版した『ポジショニング戦略』という著書はベストセラーとなり、日本でも多くの広告代理店、企業、マーケターに影響を与えました。
アル・ライズ氏は、世界のトップマーケティング戦略家でもあります。2008年には、「アドバタイジングエイジ」によって「グローバルトップ10ビジネスマスター」に選ばれました。ジャック・トラウト氏は、アメリカで最も権威のある国際マーケティングコンサルティング企業のうちのひとつであるトラウト&パートナーズの社長で、世界26カ国に支部があります。
『ポジショニング戦略』には、筆者(西口)も大きな影響を受けましたが、コトラー教授も絶賛され推薦文を書かれています。残念ながら、ここでコトラー教授の意図と、アル・ライズ氏およびジャック・トラウト氏の意図にギャップが生じて、読み手にとって「ポジショニング」という言葉の定義が混乱し、現在も混乱した状態になったといえます。
まだ会員登録されていない方へ
会員になると、既読やブックマーク(また読みたい記事)の管理ができます。今後、会員限定記事も予定しています。登録は無料です