3-2-3:AmazonのSTPにおけるポジショニング

Amazonは書籍から多様な商品へとカテゴリーを拡大し成功を収めましたが、当初は書籍のみにすべきという批判もありました。インターネットの特性により、顧客ごとに異なる訴求が実現可能となり、ブランドのポジショニングを複数の訴求で強化できるようになったのです。
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「Amazonのカテゴリー拡大は間違い」という批判

マスメディア時代の広告コミュニケーション分野における、アル・ライズ氏とジャック・トラウト氏の大きな貢献には疑問の余地はありませんが、この同一視の問題は、書籍『ポジショニング戦略』以外でのアル・ライズ氏の発言にも見られます。

著者の1人であるアル・ライズ氏は、2001年出版の著書『インターネット・ブランディング11の法則』の中で、「Amazonは、本以外の商品を置くべきではない」と、当時、扱いカテゴリーを本から多方面に拡大していたAmazonに関して戦略ミスについて言及していました。第9章のほぼすべてを割いて、当時のAmazonのカテゴリー拡大が間違いであると論じています。その後の、Amazonの成長を見れば、その予測は当たっていません。

インターネットを活用すれば、多種多様な顧客層に多種多様なプロダクト(商品やサービス)を矛盾なく提供できると考えたSTP戦略レベルのポジショニングと、ひとつのブランドにはひとつの絞り込んだ訴求が重要だとするマスメディア前提の広告訴求のポジショニングとを同一に語っています。第9章からいくつか抜粋します。

  • 「アマゾン・ドットコムは書籍と音楽CDを販売する初のインターネット・サイトだった。このサイトはすさまじく成功し、現在、年間売上は優に十億ドルを超えている(過去一年間に三億ドル程度の損失を出しはしたが)。そこでアマゾン・ドットコムは次に何を手がけているだろうか。ご存じの通りである。彼らは自身を顧客が欲しい物を何でも見つけることができる「デスティネーション・サイト(destination site)」に転換しつつある。・DVDとビデオテープ・電子機器とソフトウエア・玩具とビデオゲーム  ~ 中略 ~ 

  • やれやれ、何というリストだろう。しかし「パーソン・オブ・ザ・イヤー」ともなれば、これくらいのことは何でもこなせなくてはなるまい。アマゾン・ドットコムはかつて、「地球上最大の書店」という看板を使っていた。もはやそれどころではない。看板を書き換えたのだ。新しい看板は「地球上最大のよろず屋」である。

  • アマゾン・ドットコムのCEOで、パーソン・オブ・ザ・イヤーのジェフ・ベゾスはこう述べている。

  • 「果たしてここが音楽、書籍、電子機器を購入するうえでベストな場になりうるのかどうか、顧客が疑問に思うのは至極当然だ。現実の世界では、その答えはほぼノーに決まっている。しかしインターネット上では、物理的な制約が消え去るのである」。

  • インターネット上では、物理的な制約が消え去るかもしれない。しかし心理的な制約はどうだろうか。見込み客のマインドはどうなるだろう。アマゾン・ドットコムと はそもそも何だろうか。

  • 「アマゾンが他の商品を売ってはいけない理由はない」とビル・ゲイツは最近語っている。

  • いや理由はあるのだ。その理由は、「知覚」と呼ばれる消費者マインドの重要な属性である。アマゾン・ドットコムはインターネット書店を意味している。オークション、ギフト、日曜大工道具、玩具、ビデオゲーム、電子機器、ソフトウエア、DVD、ビデオテープなどを意味してはいないのである。アマゾン・ドットコムが現実の世界全般を考慮に入れているのがお分かりだろう。ブロックバスターはビデオ・レンタルを意味している。「ブロックバスターが他の商品を売ってはいけない理由はない」と何年か前に恐らく本社のだれかがつぶやいたのだろう。こうしてブロックバスター・ミュージックが誕生した。何年間も損失を出し続けた後、同社はやっと音楽事業を見直し、一九九九年、この事業部門を分離した。新しい名称はホエアハウス・ミュージックである。  ~ 中略 ~

  • 「アマゾンのように、オンラインの一分野で強い会社が製品供給を拡大するケースが今後増加するだろう」とビル・ゲイツはつけ加えている。

  • 確かにその通りだろう。ライン拡張はストック・オプションとほぼ同じく、アメリカ企業社会においては非常に人気がある。両者ともに企業のエゴを満たしているのである。著しく混乱を招いているのは、ライン拡張が短期的には成果を上げうるという事実である。しかし長期的には、まずそうしたことはあり得ない。あなたが新しいカテゴリーの一番手である場合には特にそうである。あなたが一番手で、新しいカテゴリーを支配している時にライン拡張路線をとれば、短期的には成功する場合がある。多分、後で代償を支払うことになるのだが、拡張時にはついつい正しい方向に進んでいると錯覚してしまうものである。

今や、ひとつのブランドに複数顧客が成立する

結果から見れば、アル・ライズ氏の指摘は当たっておらず、その後、Amazonは、書籍からあらゆるカテゴリーに進出して飛躍的な成長を遂げています。

もし、Amazonが書籍をインターネットで売って伸長していたこの時代に、Amazonが、書籍からカテゴリーを広げるにあたって「インターネットで何でも最速で手に入る」とテレビCMで大々的に訴求しても、誰にとってもピンと来ない訴求で失敗していたでしょう。まさに、絞り込み(フォーカス)のない訴求であり、アル・ライズ氏の指摘通りになったかもしれません。しかし、Amazonは、そのような訴求をマス媒体で行うのではなく、インターネット上で、顧客ごとに異なるカテゴリーをそれぞれ提供していくことで成功しました。

つまり、書籍を買うAmazonの顧客にとっては「インターネットで書籍が最速で手に入る」のがAmazonであり、日曜大工道具を買うAmazonの顧客にとっては「インターネットで日曜大工道具が最速で手に入る」のがAmazonであり、これらは矛盾せず、拡大したのです。その結果、多くの多種多様な顧客にとって「インターネットで何でも最速で手に入る」という共通ポジショニングが確立されたのです。つまりジェフ・ベゾス氏がAmazonで意図した「ポジショニング」は、STPレベルの戦略であって、それを多種多様なカテゴリーごとにWHO&WHATを4Pレベルで展開し、強固な「ポジショニング」を確立したのです。

アル・ライズ氏は、おそらく自身も無意識のまま、インターネット登場以前のマーケティングの常識であるテレビなどのマス広告時代を前提として、「ひとつのブランドに広告訴求は一種類でなけれならない」との前提に立って、広告訴求のポジショニングとしての批判を行ったと思われます。

逆に、この批判の中でアル・ライズ氏が取り上げている、ジェフ・ベゾス氏およびビル・ゲイツ氏の言葉は、インターネットでは顧客別に異なる訴求が可能であり、ひとつのブランドでも、それぞれの顧客にとって異なる便益を提供することで、ブランドとして矛盾なく成立させることを理解しているのです。

インターネットとデジタルが浸透する2000年代までのマス広告時代は、マス訴求は実質テレビCMを活用するので訴求手段(HOW)が1種類であることが前提となり、その結果、WHO&WHATも1種類に絞らざるを得ない制約を抱えていたといえます。アル・ライズ氏はこの前提での批判を行いますが、インターネットとデジタルが日常となった現代では、その制約はむしろ前提とする必要はありません。つまり、ひとつのブランドにおいて、矛盾なく、複数のWHO&WHATを実現し、大きな成長を達成することが可能になっているのです。

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《西口一希》

ポジショニングの罠 ー それは戦略か、広告手法か