
これまでの解説を通じて、2025年のGoogle Marketing Live(GML 2025)で示されたAI戦略が、マーケティングにおける顧客(WHO)とプロダクト(WHAT)の間の「5つの距離」をいかに解体していくか、その具体的なAI技術によるマーケティングプロセスの変革、そしてその結果として生じる「N1分析のリアルタイム化」「ポジショニング概念の変容」「プロダクト実力主義の徹底」「ブランディングの役割シフト」という4つの大きな戦略的・実務的変化について詳細に見てきました。
今回は、これらのAIによる劇的な変化を踏まえ、私たちマーケティング担当者はどのように進化していくべきなのか、そしてこの大きな変革のうねりが、マーケティング業務に留まらず、ビジネス組織全体、さらには社会のあり方にまでどのような影響を及ぼすのか、その中で私たちはどのように人間としての強みを活かし、AIと協調しながら、新たなマーケティングの均衡点を見出し、真に人間中心の価値を創造していくことができるのか、その展望について結論としてまとめたいと思います。
マーケティング担当者の未来:GML 2025を踏まえた私の予測の再解釈
AIがもたらす4つの変革は、マーケティング担当者の役割を大きく変えざるを得ません。
反復的およびデータ集約型タスクの自動化
キャンペーン設定、入札、定型的な最適化、基本的なクリエイティブのバリエーション作成、標準的なレポーティングなどは、ますますAI(Power Pack、Smart Bidding、Asset Studio、Ads/GAのエージェント型AI)によって処理されるようになるでしょう。私の予測では、これらのタスクに焦点を当てた既存のマーケティング、広告、販売の仕事の多くが大幅に縮小または置き換えられる可能性があると考えています。
人間のマーケターの進化する役割:戦略的監督とAI管理
「実行」から「指示」へ。当面のマーケターの仕事は、戦略的目標の設定、より具体的かつ詳細なターゲットオーディエンスの定義(あるいはAIが発見する多様なWHOの理解)、AIへの質の高いデータ入力、AIが生み出す複雑なインサイトの解釈、そしてAIツールの戦略的な管理に焦点を当てる必要が生じると、私は考えています。マーケターは「AIへのストラテジスト(戦略的プロンプティングを行い、AIの能力を最大限に引き出す者)」「クリエイティブストラテジスト(AIでは生み出せない人間心理に基づいた深い洞察からキャンペーンコンセプトやナラティブ戦略を指示する者)」「コラボレーター(クリエイター、社内外の専門家、そしてAI機能そのものとの関係性を管理し、相乗効果を最大化する者)」としての役割を担うようになると考えます。
中小企業に関する考慮事項
Googleは、AIが「予算の少ない中小企業にとっても広告を容易にする」ことを目指しているとしていますが、これらの高度なAIツールを真に活用し、その恩恵を最大限に受けるためには、戦略的な思考やデータリテラシーが不可欠です。中小企業にとってのアクセシビリティと、AIを使いこなすための知識・スキル習得支援が重要な課題となるでしょう。
スキルギャップへの対応
AIを効果的に活用するためのより高度な戦略的・分析的スキル、そして何よりも変化への適応力が求められます。GoogleのAIが埋める「距離」は、多くの場合、人間が直面する運用上の摩擦やデータ処理の限界に関連しています。これらを自動化することで、AIは人間を、深い戦略的思考、斬新なクリエイティブ発想、倫理的判断といった、現時点ではAIには難しいタスクへと解放するのです。
エージェント型AIが提案を行うことはできますが、企業のビジョン構築、高度なブランド戦略、製品ポジショニング、そして成功の定義といった根幹部分は、当面、人間がAIに指示し、その結果を評価し続ける必要があります。「ゴミを入力すればゴミが出力される」という原則はAIにも当てはまります。
ビジネススキルに加え、AIの管理、その出力の解釈、そして高レベル戦略への集中に適応できるマーケターは成功するでしょう。しかし、主にAIによって自動化されつつあるタスクの手作業実行にスキルを持つ人々は、大きなキャリアチェンジを迫られるかもしれません。「5つの距離」の概念は、労働力市場における現在のスキルと将来必要とされるスキルの間の「スキルギャップ」という距離にも適用できるのです。
AIによるマーケティング業務の変容と、人間の役割の再定義
重要なのは、この今後5年ほどでマーケティング業務と業界全体が加速度的に変化するという予測です。この変化を受け入れるスピードは組織によって極端に異なるとは思いますが(実際、特にデジタル系のマーケティング代理店などでは既にその兆候が見られます)、一度AIが効率化し、省人化した業務プロセスやノウハウは、特定の組織の壁を越えて、またたく間に業界標準として横展開されていくでしょう。結果として、変化を恐れずに素早くAI活用を推進し、業務改革を断行した組織が実現した新しいオペレーションに、業界全体が収斂していく可能性が高いのです。
その中で、マーケティングと呼ばれている業務の多くは、残念ながらAIに置き換えられていくと私は考えています。AIにできなくて人間にしかできないことは確かにたくさんありますが、現時点でマーケティングの現場で行われている業務内容を冷静に分析すると、あまりにもAIによる代替が容易なタスクが多いのが実情です。楽観的に見積もっても、現在のマーケティング業務の約8割は、近い将来AIに置き換えられるのではないでしょうか。これは決してAI脅威論を煽るつもりで申し上げているのではなく、むしろ根拠のない楽観的な意見こそが無責任であると感じているからの警鐘です。
では、そのような時代において、人間であるマーケターが真に価値を発揮できる分野はどこにあるのでしょうか。私が一つ、極めて重要だと考えているのは、矛盾だらけで、非論理的、そして時には全く非合理的な心理に基づいて判断し、行動を起こす「人間」そのものの深い理解です。この複雑怪奇な人間心理、特にその非合理な側面は、現在のAIが学習の得意とするような、体系化された綺麗なデータにはなっていませんし、本質的になりにくい性質を持っています。これこそが、AIには容易に模倣できない、人間であるマーケターが知性と感性を総動員して取り組み、独自の価値を発揮すべき領域ではないかと思うのです。
結論:AIが変えるマーケティング、組織、そして社会 – 新たな均衡への道筋
GML 2025での発表内容は、Googleが「5つの距離」のあらゆる側面に対処し、AIを中核として顧客ジャーニー全体を再設計しようとする包括的な戦略を示しています。この戦略は、本解説で詳述したN1分析のリアルタイム化を加速させ、従来のポジショニング概念を変容させ、プロダクトが持つ真の潜在力が最大限に引き出される「実力主義」の時代を到来させるでしょう。このマーケティング業務の「置き換え」は、役割の再定義と進化を促します。

このようなAI中心の状況において、マーケティング専門家や企業にとって最も重要なのは、AIを徹底的に活用し、効率化と省人化を突き詰めながら、その先にある「人間にしかできないこと」を常に模索し続けることです。例えば、AIによるリアルタイムN1分析の結果を解釈し戦略に活かすこと、AIでは捉えきれない深い人間心理を理解し情緒的価値を提供する新しい形のブランディングを構築すること、多様なWHO&WHATの組み合わせの中から新たな事業機会を見出す戦略的思考などです。これらは、AIを管理・指示する高度なデータリテラシーと共に、これからのマーケターに不可欠な能力となるでしょう。
Googleが最終的に縮めようとしている「距離」とは、ユーザーのふとした考えや未言語化されたニーズと、そのニーズを完全に満たす商業的取引との間の、あらゆるステップの距離であり、そのステップのほぼ全てをGoogleのAIが調整し、最適化しようとしているのです。これは、WHOとWHATの「距離」の究極的な圧縮であり、Googleを現代生活と商業における中心的インフラとして位置づけることになるでしょう。
しかし、このAIによる変革は、マーケティング領域に留まりません。先にも触れましたが、このAIマーケティングエコシステムは、現在デジタルから切り離されている地上波テレビ、ラジオ、雑誌といったメディアや、物理的な店舗、サービス提供の場もデジタルに接続され、統合されていくと予測されます。そうなれば、人間が担うマーケティング業務は、現状からは想像もできないほど縮小している可能性があります。同時に、この効率化の波はマーケティングに限定されず、企業の営業、経理財務、人事総務といった他の基幹業務においても自動化・省人化を強力に推進し、結果として、ビジネスを行う組織の規模そのものや形態も、より柔軟でコンパクトなものへと変容していくと予測できるのです。
AIを積極的に受け入れ、この変革を推進する企業やビジネスにとっては、これは急速な事業変革の機会であり、従来では考えられなかったほどのコスト効率の良いビジネス拡大や、高い利益性を伴った売上拡大を追求することが可能になるでしょう。しかし、その一方で、このような急速な変化は、安定や現状維持を本能的に求める人間の性質からすると、大きな不安や心理的な痛み、社会的な摩擦を引き起こす可能性が高いことも認識しておく必要があります。
もちろん、全ての企業や個人がこのAI化の流れに同一歩調で乗るわけではないでしょう。AIを受け入れず、あえて独自の閉じたエコシステムを追求するという選択肢も理論的には存在するかもしれません。しかし、社会全体が不可逆的にAI技術を基盤として再構築されていく大きな流れの中で、そのような選択が長期的にどのような結果をもたらすのかは、現時点では未知数であり、また別途深く考察すべきテーマです。
いずれにしても、私たちは、AIによる「5つの距離」の消滅が、顧客と企業双方にとって大きな便益をもたらす可能性を秘めていることを理解しつつも、その過程で生じうる課題にも目を向ける必要があります。市場における競争のあり方、データプライバシーの保護、アルゴリズムの偏りといった問題には、社会全体での継続的な精査と健全な議論が不可欠です。
最終的に、私たちマーケター、そしてビジネスパーソンが目指すべきは、AIでは代替できない、非合理かつ複雑な心理を持つ人間自体への飽くなき探求と深い理解に立脚することです。そして、その深い人間理解に基づいて、プロダクトの本質的な価値(プロダクト実力主義)を追求し、AIでは生み出せない情緒的ブランド価値を創造し(ブランディングの役割シフト)、AIの提案を倫理的かつ戦略的に吟味しながら、人間の知性と創造性を最大限に発揮したマーケティングを再定義し、実現していくことではないでしょうか。
私たちマーケターは、今後数年のうちに、AI主導の圧倒的な効率性を最大限に活用しつつ、非合理で感情豊かな人間を対象とする人間中心のマーケティングとの間に、新たな、そしてより高度な均衡を見出していくという、刺激的でやりがいのある挑戦の時代を迎えることになるのだと強く感じています。
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