3-3-1:AIの進化がマーケティングの「5つの距離」に与えるインパクト

2025年の5月は各社から怒涛のAI製品の発表がありました。特にGoogleのインパクトは大きく、西口一希がマーケティングに与える影響を解説します。顧客(WHO)とプロダクト(WHAT)を結ぶ「5つの距離」を短縮するGoogleの戦略で、業界構造がどのように変わるのでしょうか。
3-3-1:AIの進化がマーケティングの「5つの距離」に与えるインパクト
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GML 2025の公式サイト。Googleアカウントかメールアドレス、さらに個人情報を登録することでアーカイブ動画も視聴できる

2025年5月という月は、AIの進化と社会実装の歴史において、一つの大きな転換点として記憶されることになるかもしれません。Googleの開発者向けイベント「Google I/O」では、高速かつ小型化された「Gemini 2.5 Flash/Pro」、視覚情報を活用したインタラクティブなアシスタント「Gemini Live」、PC 操作を自動化する「Agent Mode」、高品質な動画生成モデル Veo 3、そして画像生成モデル Imagen 4 など、数えきれないほどのAIを活用した新サービスや今後のビジョンが発表されました。

この動きは Googleに留まりません。同時期に開催されたMicrosoftの開発者向けイベント「Microsoft Build」では、社内データを用いた Copilot の微調整機能「Copilot Tuning」やマルチエージェント機能、さらに Azure AI Foundry における「xAI」の「Grok 3」の取り扱い開始などが発表されました。xAI自身も Grok 3 および Mini モデルの先行提供を開始しています。OpenAIは、より高性能な「GPT-4.1」と軽量版の mini モデルを投入し、ChatGPT にはストレージ連携機能を追加しました。

Anthropic は「Claude Opus 4」および「Sonnet 4」を発表し、特にコーディング能力と高度な推論能力を大幅に強化しています。Metaは多モーダルに対応した「Llama 4 Scout」および「Maverick」を公開し、NVIDIA は CES(国際家電展示会)で先行発表したデスクトップ向けAIスーパーコンピュータ「DGX Spark」の各PCベンダー版を披露、AmazonもAWSの「Bedrock Guardrails」を更新するなど、主要各社がまさに生成AIの新機能を連発したのです。

この一連の発表から見える大きな潮流は、AIのエージェント化(自律的なタスク実行)、軽量高速化(より多様なデバイスでの利用)、そしてオープンウェイト化(モデルの透明性とアクセス性の向上)などであり、AIがより身近で強力なツールとして、私たちの生活やビジネスのあらゆる側面に急速に浸透し始めていることを示しています。

この大きなAI変革の渦中にあって、2025 年 5 月 21 日(米国時間)に Googleが開催した「Google Marketing Live 2025」(以下、GMLとします)は、特に私たちマーケターにとって、その影響の大きさと向き合うべき課題を明確に突きつけるものでした。この一連の解説文では、GMLで発表されたAI技術が、今後マーケティングにどのような影響を与え、私たちマーケターの実務をどう変えうるのか、私自身の予測を交えながら5回に分けて解説します。

マーケティングが埋めるWHOとWHATの「距離」

まず、GMLの発表内容、ひいてはAI全体の進化がマーケティングに与える影響をより深くご理解いただくために、マーケティングが本質的に対象としている顧客(WHO)とプロダクト(WHAT)の間の「距離」について、私の持論を説明します。

世の中のどのようなプロダクト(WHAT)も、そのプロダクトに真の価値を見出す顧客(WHO)に出会うことができれば、そこに初めて価値が生まれ、売上や利益へとつながります。しかし、現実の世界では、WHOとWHATの間には様々な種類の「距離」が存在しており、両者が簡単に出会うことはありません。このWHOとWHATを効果的かつ効率的に結びつけるための手段として、これまで多種多様な「〇〇〇マーケティング」と称される活動が存在してきました。つまり、マーケティング、そして私たちマーケターの仕事の多くは、この価値の源泉となるWHOとWHATとを結びつけることに集約されると言えます。

では、このWHOとWHATの間に存在する「距離」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか? 私は、これを大まかに以下の5種類の「距離」に分類できると考えています。

  1. プロダクトの認知距離:プロダクトそのものの存在や、それが提供する便益、他とは異なる独自性を、そもそも顧客が認知するまでの情報的・心理的な「距離」です。

  2. コミュニケーション距離:プロダクトの価値や魅力を伝えるための訴求内容(広告的コミュニケーション)を企画・制作し、それを最適なターゲット顧客に的確に伝達するまでのプロセスにおける「距離」を指します。

  3. 流通距離:顧客がプロダクトに物理的に、あるいはオンライン上でアクセスし、実際に手に取ることができるようになるまでの「距離」です。店舗の立地や EC サイトの利便性などがこれにあたります。

  4. 取引的距離:プロダクトの入手を決意してから、実際の決済プロセスを完了し、所有権を得るまでの間にある手続き的・心理的なハードルや手間といった「距離」となります。

  5. 潜在ニーズの自覚距離:顧客自身がまだ明確には認識できていない、あるいは言語化できていない潜在的なニーズや欲求を自覚し、それが特定のプロダクトによって満たされると気づくまでの内面的な「距離」です。

これらの5つの「距離」を極限まで縮め、WHOとWHATを限りなくダイレクトに結びつけることが、マーケティングが目指すべき究極の目標の一つであると私は考えています。

Google Marketing Live:AIが牽引する広告の未来

GMLでは、「私たちのAIの強みは、そのまま皆さんのビジネスの強みです」という力強いメッセージが中心に据えられていたと、私は理解しています。Googleは、AIを駆使して価値の高い顧客を見つけ出し、顧客が商品やサービスを発見してから最終的な意思決定に至るまでの全プロセスを、より迅速かつ効率的に導くための鍵として、AIを明確に位置づけているようです。

今日の消費者の行動は、ますます複雑化、断片化しています。「常にオンラインで、検索・ストリーミング・スクロール・ショッピングをシームレスかつ同時に、予測不可能に行き来」しており、従来の画一的な購買ファネルで彼らの行動を計画し、捉えることは非常に困難になっています。このような状況下で企業にとって重要なのは、「リアルタイムで顧客がいるその場所に現れ、最高の効率でリターンを得る」ことであり、GoogleとYouTubeこそが、そのための比類なきリーチと影響力を持つプラットフォームであると、GMLでは強調されていました。

消費者の行動様式のこのような劇的な変化は、既存のマーケティング手法の多くが通用しにくくなっているという私の長年の見解を裏付けるものです。そしてAIは、このますます複雑化する状況に対応し、個々の消費者に最適なタイミングで、最適なメッセージを届けるための不可欠な手段として提示されているのです。

私が提唱するWHOとWHATの間にある「5つの距離」という抽象的な概念的フレームワークと、今回 GoogleがGMLで提示した具体的なAIツール群という技術的ロードマップとの間には、単なる偶然とは到底考えにくいほど強い関連性と方向性の一致が見受けられました。これは、Googleが単に個別の広告ツールを提供しているのではなく、AIを核として顧客体験全体を包括的に管理・最適化する巨大なエコシステムを構築し、それによって「距離」そのものを根本から縮小、あるいは消滅させようとする、極めて意図的かつ戦略的な動きであると、私は解釈しています。

「距離」の解体:5つの「距離」とGoogleのAIソリューションのマッピング

Googleが GMLで改めて明示した目標は、「最も価値の高い顧客を見つけ、発見から意思決定までをより速く、より効率的に導く」ことでした。この声明は、まさにWHOとWHATの間に存在するあらゆる側面における「距離」を、AIの力で縮小しようとする Googleの明確な野心を凝縮していると言えるでしょう。

ここで、私が先に述べた5つの「距離」の構成要素に対して、今回 GMLで発表された主要なAIソリューション群がどのように対応し、それぞれの「距離」を埋めようとしているのかを、まず概観としてマッピングしてみました。

  • 5つの「距離」とのマッピング

    • プロダクトの認知距離:

      • 課題:プロダクトを見つけ、その価値を理解してもらう

      • 解決する機能例 :AI Overview、AIモード、Geminiモデルの高度な理解力、マルチモーダル検索(GoogleLensなど)

      • Google AIによる予測:AI Overviewがユーザーの複雑な質問に対しても検索結果上部で直接的な回答や概要を提示し、情報探索にかかる時間を大幅に短縮します。Geminiモデルが質問の背後にある真の意図を深く理解し、プロダクトの便益や独自性に関する最適な情報や製品を提示することで、プロダクト認知に至るまでのギャップを効率的に埋めるようです

    • コミュニケーション距離:

      • 課題:魅力的なメッセージを作り、的確に届ける

      • 解決する機能例 :Asset Studio(AIによるクリエイティブ生成)、Power Pack (Performance Max、AI Max for Search、Demand Gen)、Creator Partnerships Hub

      • Google AIによる予測:Asset Studioが、プロダクト情報や既存アセットから多様な広告クリエイティブ(画像、動画、テキスト)をAIで自動生成し、制作にかかる時間とコストという「距離」を劇的に縮めます。Power Packは、AIを用いてキャンペーン全体をチャネル横断で最適化し、最も適切なオーディエンスに、最も響く訴求内容を伝達する「距離」を効率化するそうです。Creator Partnerships Hubは、ブランドと親和性の高いインフルエンサーとの連携を円滑にし、信頼性の高い訴求内容の伝達を支援します

    • 流通距離:

      • 課題:商品やサービスを手に入れやすくする

      • 解決する機能例 :YouTubeのショッパブル機能の拡充、Google Shoppingの進化、ローカル在庫広告との連携強化

      • Google AIによる予測:YouTubeの動画コンテンツやGoogle Shoppingの検索結果から、ユーザーが商品をシームレスに発見し、興味を持てば即座に購入や詳細確認へと進めるようにすることで、プロダクトへの物理的・オンライン的なアクセス「距離」を大幅に短縮するとしています。実店舗の在庫情報との連携も進み、オンラインとオフラインの垣根を越えたアクセス改善が期待されます

    • 取引的距離:

      • 課題:購入の最終的なハードルを下げ、完了させる

      • 解決する機能例 :AIモードにおける統合的なショッピング体験、バーチャル試着機能、Demand Gen等での迅速なチェックアウトオプションの提供

      • Google AIによる予測:AIモードでのショッピング体験では、商品の比較検討から購入までが一貫してサポートされ、決済プロセスの簡略化が進むようです。バーチャル試着のような機能は、購入前の不安を軽減し、意思決定を後押しします。Demand Genなどに搭載される迅速なチェックアウト機能は、プロダクト入手への決済プロセスの「距離」を直接的に短縮し、購入完了までのステップ数を大幅に削減するでしょう

    • 潜在ニーズの自覚距離:

      • 課題:まだ顧客が気づいていないニーズを掘り起こす

      • 解決する機能例 :AIを活用したディスカバリー機能 (AI-Powered Discovery with Gemini)、Demand Genキャンペーン、Smart Bidding Exploration

      • Google AIによる予測:Geminiを搭載したAIディスカバリー機能が、必ずしも商業的意図が明確でない広範な検索クエリやオンライン行動からも、顧客自身がまだ明確に自覚していない潜在的なニーズや関心を読み取り、それに応える関連性の高い広告やコンテンツを提示することで、そのニーズの「自覚」を効果的に促すとのことです。Demand Genキャンペーンは、視覚的に魅力的なコンテンツを通じて新たな関心を喚起し、潜在ニーズの自覚から具体的な行動へと繋げるそうです。Smart Bidding Explorationは、まだ顕在化していないニッチなニーズに対応する新たな検索クエリを発見し、顧客が自身の隠れたニーズを自覚するきっかけを提供するでしょう

GMLでは、どうしても個別の新機能やツールの発表に注目が集まりがちですが、これらの発表内容全体を俯瞰し、その背後にある思想を読み解くと、Googleの真の戦略は、個々のツールを単独で提供することにあるのではなく、それぞれのAIソリューションが相互に連携し、補完し合うことで、WHOとWHAT の間のあらゆる「距離」を総合的に、かつ最小化する巨大な「AIマーケティング エコシステム」を構築することにあるのだと、私には見えます。

この高度な相互接続性と自動化こそが、WHOとWHATが出会うまでの複雑で多岐にわたる道のり全体を劇的に短縮し、限りなく「距離ゼロ」に近づけるための鍵となるでしょう。そして、この「距離」を縮めることそのものが、顧客価値の向上と企業の経済的価値の創出に直結することを示唆しているのです。

これらの「距離」がAIによって加速度的に解体されていく未来は、現在のマーケティング、広告、販売に関わる私たちの業務の多くが、Googleのようなプラットフォーマーが提供するAIサービスに置き換えられるか、あるいはそのサービスに深く内包される形で変容していくことを意味します。そうなれば、業界構造そのものが根本から変わるほどのインパクトをもたらす可能性があるのです。

重要なのは、この予測は今回の Googleの発表から見える一つの最終的な到達点であり、それぞれの技術やサービスの実現、そして社会への浸透には当然ながら時間差があるということです。また、AI技術の進化と社会実装には、法規制の整備が不可欠ですし、Google以外のAIサービスを提供する企業、他のデジタルプラットフォーマー、あるいは既存の広告代理店との競争や協業といったダイナミクスも複雑に絡み合います。つまり、ここで描く未来像は、必ずしも Google一社が独占的に実現するとは限らず、様々なプレイヤーによって形作られていく可能性も十分にあります。

しかしながら、現在のAIの活用範囲の広がりと、その進化のスピードを鑑みれば、このWHOとWHATの「距離」を限りなくゼロにするというマーケティングのエコシステムは、誰がその主要な担い手になるにしても、今後およそ 5 年程度の期間で、その大枠が実現されるのではないかと、私は考えています。

次回は、GML 2025 で発表された具体的なAI技術――検索、キャンペーン自動化、クリエイティブ生成、エージェント AI、そして需要創造の各領域におけるAIの進化――が、これら「5つの距離」をどのように縮小し、マーケティングの各プロセスを根底からどう変革していくのか、その詳細なメカニズムについて、まず「検索・ディスカバリー」と「キャンペーン自動化」の領域から解説します。

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《西口一希》

AI大変革時代の幕開け