サムスン創業期を西口一希が解説。食品貿易から始まった巨大企業、イ・ビョンチョルの「事業多角化戦略」が生んだ成功の礎とは

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サムスン創業期を西口一希が解説します。同社は貿易事業から出発し、多角化と資金基盤の強化を進めた結果、電子産業に進出して世界的な企業へと成長しています。記事末尾に解説動画も用意しています。
サムスン創業期を西口一希が解説。食品貿易から始まった巨大企業、イ・ビョンチョルの「事業多角化戦略」が生んだ成功の礎とは

サムスン:貿易会社から電子帝国へ「最初の10年」と多角化の戦略

サムスンは1938年の創業から、幾多の変遷を経て世界有数の巨大テクノロジー企業へと成長しました。1975年の上場から2024年までに時価総額は約366.59兆ウォンに達しています。今やスマートフォンや半導体、家電で世界をリードするサムスンですが、その根底には創業期の「多角化戦略」と強固なビジネス基盤の構築がありました。

1. 創業とビジョン:李秉喆(イ・ビョンチョル)の挑戦

1938年3月1日、韓国の大邸(テグ)にて李秉喆によって「三星商会」として設立されました。

  • 社名の由来: 「三星(サムスン)」には、星が3つ輝くように、大きく、強く、永遠に繁栄する企業になるという願いが込められています。

  • 初期の事業: 食品や乾物、魚介類、麺類などを扱う貿易会社からスタートしました。現在の電子産業とは全く異なる分野からの出発でした。

  • 創業者のビジョン: 李秉喆は、単なる企業の成長だけでなく、韓国経済の発展に貢献し「国際競争力を持つ企業を作る」という高い目標を掲げていました。

2. 戦争の苦難と「製造業」への転換(1940年代~1950年代)

第二次世界大戦や朝鮮戦争といった激動の時代、サムスンは一時的な事業停滞を余儀なくされましたが、戦後復興期に大きな転換を迎えました。

  • 第一製糖の設立: 1953年、韓国初の製糖会社「第一製糖(チェイル・ジェダン)」を設立。国内の砂糖需要をほぼ独占し、貿易会社から食品製造業へと進化を遂げました。

  • 第一毛織の設立: 1954年には「第一毛織(チェイル・モジョク)」を設立。当時の衣料品不足を背景に繊維産業へ参入し、政府の支援も受けながら急成長しました。

3. 金融業への進出と財閥化の基盤(1958年~1960年)

1950年代後半、サムスンはさらなる事業拡大のために金融インフラの確保に乗り出しました。

  • 銀行の買収: 1958年に韓国第一銀行を買収し、金融事業を本格展開。これにより、銀行を通じた円滑な資金調達が可能となり、巨大グループとしての基盤を構築しました。

  • チェボル(財閥)の形成: 当時の韓国政府による国内企業育成方針も追い風となり、食品・繊維・貿易・金融の柱を持つ韓国最大の企業グループの一つへと成長していきました。

4. 「サムスン電子」の誕生(1969年~上場)

創業から約30年を経て、サムスンは現代の主力である電子産業へと駒を進めます。

  • 電子市場への参入: 1969年に「サムスン電子」を設立。家電・半導体・モバイル市場への進出を決めました。

  • 上場: 1975年6月11日、韓国証券取引所に上場。初期に築いた多角的な事業利益と資金力が、この新たな挑戦を支える強力な土台となりました。

5. 創業期の成功要因まとめ

サムスンが世界的なテクノロジー企業へと飛躍できた要因は、以下の3点に集約されます。

  1. 多角化戦略: 貿易から食品、繊維、金融、そして電子へと、時代のニーズに合わせて柔軟に業態を広げたこと。

  2. 強固な資金・組織基盤: 製造業と金融業を組み合わせ、自社で成長の再投資を行う仕組みを構築したこと。

  3. 先見性のあるリーダーシップ: 創業者による「国際競争力」を常に意識した経営判断。

サムスンのこの10年(およびその後の多角化)の戦略が、後のスマートフォンや半導体における圧倒的な成功の礎となりました。

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《西口一希》

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