2-3-28:中小企業の「複数の顧客戦略」事例①:温泉宿

顧客起点マーケティング 経営とマーケティングの理解
顧客の潜在規模やLTVに基づいて、温泉宿が平日と繁忙期に応じた戦略を展開し、利益性とリピート率を向上させた事例です。
2-3-28:中小企業の「複数の顧客戦略」事例①:温泉宿
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顧客戦略が投資の優先順位を決める

このように複数の顧客戦略(WHO&WHAT)を開発し実現するにあたり、投資の優先順位は、その顧客戦略にそれぞれ特有な3つの要素、1.潜在的規模、2.LTV、3.実現可能性、によって決めることができます。ちなみにLTV(Life Time Value)とは顧客生涯価値と呼ばれ、顧客が自社と取引を開始してから一定期間内に顧客がもたらす累計売上や利益を指します。3要素の具体的な内容は次の通りです。

  1. 潜在的規模:達成可能な最大顧客数(獲得可能な顧客数)

  2. LTVと実現速度:LTVの大きさとその実現期間(顧客の獲得効率と、短期・中期・長期の期間利益性)

  3. 実現可能性:手段手法(HOW)の存在と実行性

経営の投資戦略を決めるにあたっては、最低限、これらの3点を踏まえて単年度および中長期の投資戦略を組むべきです。複数の顧客戦略がそれぞれ達成可能な潜在的規模(顧客数の多さ、単価の高さ、頻度の高さ)と投資対効果(実現の確率とかかる時間)は異なるため、累計での投資回収であるLTVが異なり、またそれらは顧客戦略を実行する手段手法の存在と実行性で決まるからです。

本項と次項で、中小規模企業での取り組み事例を2つ紹介します。

事例①:老舗温泉宿の休日と平日の顧客戦略

40年以上前から運営している、老舗の温泉宿の事例です。この宿では、海沿いの立地と露天風呂、そして地元の食材の料理を売りにしていました。

宿泊業はシーズンと曜日によって稼働率が大きく異なっており、予約は休祝前日、また春休みや夏休みのようなハイシーズンに集中します。この稼働が高い繁忙期日程を中心に、様々な料理のコースや縁日や花火などのイベントを提供し、高い単価で運営していました。ただ、費用もかなりかさんでおり、利益性が課題でした。

実際の顧客の利用実態を見ると、売上は行楽シーズンや休祝前日に偏るのですが、利益率は平日と同程度でした。ハイシーズンの時期によっては人件費が高くなるので、顧客あたりの利益額は高いものの、利益率としては平日を下回るときもありました。ここが一つの課題でしたが、繁忙期の売上を上げるために、単価アップを優先していました。

利益性を高める顧客戦略を見いだすため、顧客台帳を元に顧客ごとに3カ年のLTVを計算してみました。すると、主に平日に利用している年配層の来館頻度(リピート率)が高く、結果として3カ年の累計利益であるLTVが圧倒的に高い(売上ベースでも利益ベースでも)ことが分かりました。

また、行楽シーズンや休祝前日に来られる家族連れや友人同士の顧客は単価が高いものの、その多くが1回の来館に留まり、3カ年ではLTVが高くありませんでした。この宿は顧客からのクレームは少ないものの、休祝前日の価格設定が高すぎることも、リピート率に影響しているだろうと推察できました。

これを元に、稼働率が100%に近い繁忙期に来られる家族連れを主とした顧客には、人件費がかかる過剰なイベント開催や食事を見直し、人件費と単価を抑えたバイキング料理と大食堂でのお祭り感の演出提案に切り替えました。併せて来館時、次は平日も検討してもらえるよう、平日に利用可能なクーポンを提供しました。

一方で平日は年配層を主顧客に、同様のバイキング提案に加えて、季節感を強調した平日だけのシーズンメニューを押し出しました。また、提携する旅行代理店での平日プランの露出を増やし、旅行ではなく、気軽な「温泉宿泊付きの宴会」提案でリピートを促進しました。

この2軸を運用することで、利益性が向上していきました。温泉宿では珍しい、リピート利用促進のためのポイント会員割引の仕組みも導入しました。それらによって、①繁忙期は単価ではなく利益率を高め(=家族連れ向けの既存提案のコスト削減)、②平日は稼働率を上げて利益率の高い売上を獲得し(=年配層向けの便益強化によるリピート率向上)、全体として売上を落とさず利益性を向上させています。

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《西口一希》

経営とマーケティングの理解